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藤井聡太二冠に勝った最年長棋士は「急に心拍数が上がって、まったく手が見えなくなった」

藤井聡太二冠に勝った最年長棋士は「急に心拍数が上がって、まったく手が見えなくなった」

井上慶太九段インタビュー #1

2020/12/18
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ずっと無言で帰ったこともありました

 谷川浩司九段のことについても聞いてみよう。二人はともに若松政和八段門下。つまり同門で、井上九段にとって谷川九段は兄弟子にあたる。その出会いからうかがった。

井上 兄弟子と最初にお会いしたのは師匠の将棋道場で、僕が小学4年のときでした。谷川さんが5年生で、奨励会に入るか入らないかくらいだったと思います。そのときから有名で「将棋まつり」のときに「天才対決」と言って、谷川さんは西川慶二さん(八段)と対局しておられました。私も、その対局のことを絵日記に描いて、棋譜をつけたりしたからよく覚えています。

――その当時から、仲がよかった?

井上 そのときは、棋力も離れていましたから、あまりしゃべるということはなくて、別世界の人という印象でした。私も学校ではうるさかったんですが、将棋道場では無口でしたからね。一度、二人で同じ電車で帰ったこともあるんですけど「ガムいる?」って言われて「いらん」って言ってそれだけ(笑)。あとずっと無言で帰ったこともありましたね。

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――一緒に阪神タイガースを応援される仲であるとのことですが、そういった関係はずいぶん後になってからのことですか。

井上 私が四段になったとき谷川さんが名人になられた。それからですね。気安く話をさせてもらうようになったのは。

真似しようとかは思いませんでした

――谷川先生の将棋の強さというのはどういった感じなのでしょうか。

井上 谷川さんは、速度がすごい。憧れでしたけど、真似しようとかは思いませんでしたね。「こういうことしたら自分はあかん」と思ってました。絶対失敗するぞと。

――谷川先生だから成功する?

井上 そうですね。エンジンの馬力が違いますからね。「軽は、軽で、着実に小回りでいかなあかんぞ」と思ってました。

――やはり天才肌?

井上 それまでの棋士と、終盤の概念が違うんですよね。論理的といいますかねぇ。玉を詰ますことに関しては、次元が違う力があったと思いますね。それを学んで育ったのが、羽生世代やと思いますね。そういう意味では終盤の革命を起こした人だと思います。ただ、きれいすぎるところもあるでしょうね。羽生さんはドロドロしたというか、羽生粘りみたいなところがあります。最近は少なくなりましたが、20代の頃は「まだやるか?」みたいなところがありました。すごい執念を感じました。谷川さんは、そんなことは若い頃からなかったと思います。

 

 ちょっと難しい質問だとは思いながらも、敢えて例えるならば、藤井聡太二冠は、羽生九段と谷川九段、どちらに似ているかと聞いてみた。

井上 藤井さんも粘りますからね。なかなか投げずに繰り出してきますからね。さっぱりはしていないので、そういうところは羽生さんに似ています。あと、若い方は決断よく指して、時間を余す傾向にあります。合理的といいますかね。おそらく渡辺さん(明名人)が活躍されてからの影響は大きいと思うんですけどね。でも藤井さんは、序盤からとことん考える。そこが羽生世代のようで、古いタイプの棋士かなと感じるところがありますね。そしてとことん考えるけれど、1分将棋になってからも全然間違えない。そこも藤井さんと羽生世代が似ているところじゃないですかね。