急にね、必勝形になったんです
――7回で2点差を追う展開。ここから局面が大きく動いたわけですか。
井上 藤井さんの残り時間が切迫して、あと2分くらいになったとき、私が切り札の勝負手を指したんです。そのとき、藤井さんらしい、強い応手をされたんですが、それが結果的に敗着というか、逆転につながりましたね。
――体が入れ替わったと思った瞬間は、ざわっとした感じですか?
井上 急にね、必勝形になったんです。藤井さんが一手パスみたいな展開になって、まるまる銀を取れるような形になりましたから。そうなりますと急に心拍数が上がってきましてね。ドキドキドキってしましてね。そこからまったく手が見えなくなりましたねぇ。
――見えなくなる?
井上 勝ちは明らかに勝ちなんだけど、どうやっても勝ちそうに見えて、それでかえって迷って疑問手を指したけれど、逃げ切った感じですね。あれがもうちょっと長引く展開だったら、必ず逆転されていたと思います。疲れ切ってヘトヘトでゴールにたどり着いた感じです。ゴールが10m先だったらダメでしたね。
――藤井聡太二冠は、いつも負けになるとかなり落ち込んだ様子ですが、このときも?
井上 それはもうガックリしてましたね。「まさか、この人に」という感じでした(笑)。でも感想戦のやりとりをしたら、全然、読んでいることが違う。読みの深さを聞いて、次は絶対に勝てないなと思いましたね。
――勝ったあとは、どういった反響がありました?
井上 あんなたくさんメールが来たのは、初めてでした(笑)。佐藤会長(康光九段)とか、清水市代さん(女流七段)とか、谷川さん(浩司九段)とかから「すごかったです」「よく頑張った」とお褒めの言葉をいただき嬉しかったですね。
たいがい僕は谷川さんの応援をしてるんですけど……
――イベントのときの「持ちネタ」のようにされておられるそうですね。
井上 解説会のときなど「藤井聡太に勝ちました井上です」と、そればかり言ってます(笑)。
――(対局時に)50歳以上で藤井二冠に勝ったのは今でも井上先生だけで、最年長勝利者の記録を保持しておられます。
井上 それだけは、なんとか死守したいなと(笑)。兄弟子の谷川さんが、藤井さんと対局することが2回あったんですよ。たいがい僕は谷川さんの応援をしてるんですけど、そのときだけはね(笑)。なんとか藤井くん、勝ってくれ、と。
――先生の前にもお弟子さんの稲葉陽八段と菅井竜也八段が勝っておられて「藤井キラーの井上一門」と言われていましたが、この結果には一門の棋風なども影響しているのでしょうか。
井上 それはないと思いますね。稲葉にしても菅井にしても強いですから、そこはそれほど不思議なことではないのかなと。ただ、僕まで勝ったんで、もうびっくりで(笑)。それでテレビとかでも、いろいろ取り上げてもらいましたけど、それから倍返しというか、三倍返しくらいで、彼らもずいぶんやられてますね。