1ページ目から読む
4/4ページ目

料理の記憶だけは残っていた

 土日はリハビリがないので、土曜の昼から旦那が車で迎えに来てくれて、子供といっしょに自宅ですごしました。

 そして料理を作りました。「塩ってなに?」とは思うものの、なぜか料理だけは出来るものもあったのです。

 例えば卵とトマトの炒め物。コツはトマトを炒め、そのあと一旦鍋を洗うこと。そのあとまた油をひいて、溶き卵を入れて炒めるのですが、長年作っていた得意料理だったからかもしれません。

ADVERTISEMENT

©iStock.com

 鍋でご飯を炊くことも出来ました。私は30代から炊飯器を使わずに鍋でご飯を炊いていたのですが、そういう記憶は残っているんだなあと思いました。

 日曜日の夜には病院に帰ります。そして月曜日から金曜日まではリハビリをする。病院食が口に合わず、私はどんどん痩せていきました。やっぱりご飯は自分で作りたかったです。

本1冊読むのには1年かかります

 当時、子供たちは小学校低学年と中学生。いま、高校生と社会人になった彼らとこの頃のことを話すと、「覚えてないけど、自分の意思を伝える分には困らなかった。だけどお母さんの言いたいことをくみ取るのはクイズみたいだった」と言います。いまでもそうですけどね。

©iStock.com

 私が退院するとき、言語の先生は「日記ぐらいだったら書けるかもしれないけど」と言っていました。でも、実際には難しかった。本を読もうとしても、同じ行を何度も読んでしまって先に進めない。今でも、文字を読むとすぐ疲れてしまって、雑誌2ページぐらいでへとへとですし、語彙も乏しい。本1冊読むのには1年かかります。

 そんな私が、手術から10年たった今、何ヶ月もかけて初めて書いたのが、この原稿です。再び長い原稿が書けるようになるなんて、ちょっとあり得ない感じです。

【#3を読む】「名前が分からない、喋れるのは『お母さん』『わかんない』だけ…清水ちなみが明かす失語症の日々

 最新話は発売中の『週刊文春WOMAN 2020夏号』でご覧ください。

しみずちなみ/1963年東京都生まれ。青山学院大学文学部卒業後、OL生活を経て、コラムニストに。著書に『おじさん改造講座—OL500人委員会』(文春文庫)など。

週刊文春WOMAN vol.6 (2020夏号)

 

文藝春秋

2020年6月22日 発売

2020年 ライフ部門 BEST5

1位:「お金払ってるのに、なんで」と思うけど…美容師が「できない」と言う4つの理由
https://bunshun.jp/articles/-/42269

2位:事故物件に住んだらこんなにヤバかった「深夜に通知不可能の着信。留守電を再生したら…」
https://bunshun.jp/articles/-/42268

3位:出てくる言葉は「お母さん」と「わかんない」……清水ちなみが語る「左脳の4分の1が壊死した私」
https://bunshun.jp/articles/-/42267

4位:築50年、家賃は東京の4分の1…福井の“空き家”に1年住んでわかった「5つのこと」
https://bunshun.jp/articles/-/42266

5位:母に携帯の高額請求が! 調べて判明した驚きの原因とは……
https://bunshun.jp/articles/-/42265