料理の記憶だけは残っていた
土日はリハビリがないので、土曜の昼から旦那が車で迎えに来てくれて、子供といっしょに自宅ですごしました。
そして料理を作りました。「塩ってなに?」とは思うものの、なぜか料理だけは出来るものもあったのです。
例えば卵とトマトの炒め物。コツはトマトを炒め、そのあと一旦鍋を洗うこと。そのあとまた油をひいて、溶き卵を入れて炒めるのですが、長年作っていた得意料理だったからかもしれません。
鍋でご飯を炊くことも出来ました。私は30代から炊飯器を使わずに鍋でご飯を炊いていたのですが、そういう記憶は残っているんだなあと思いました。
日曜日の夜には病院に帰ります。そして月曜日から金曜日まではリハビリをする。病院食が口に合わず、私はどんどん痩せていきました。やっぱりご飯は自分で作りたかったです。
本1冊読むのには1年かかります
当時、子供たちは小学校低学年と中学生。いま、高校生と社会人になった彼らとこの頃のことを話すと、「覚えてないけど、自分の意思を伝える分には困らなかった。だけどお母さんの言いたいことをくみ取るのはクイズみたいだった」と言います。いまでもそうですけどね。
私が退院するとき、言語の先生は「日記ぐらいだったら書けるかもしれないけど」と言っていました。でも、実際には難しかった。本を読もうとしても、同じ行を何度も読んでしまって先に進めない。今でも、文字を読むとすぐ疲れてしまって、雑誌2ページぐらいでへとへとですし、語彙も乏しい。本1冊読むのには1年かかります。
そんな私が、手術から10年たった今、何ヶ月もかけて初めて書いたのが、この原稿です。再び長い原稿が書けるようになるなんて、ちょっとあり得ない感じです。
【#3を読む】「名前が分からない、喋れるのは『お母さん』『わかんない』だけ…清水ちなみが明かす失語症の日々」
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しみずちなみ/1963年東京都生まれ。青山学院大学文学部卒業後、OL生活を経て、コラムニストに。著書に『おじさん改造講座—OL500人委員会』(文春文庫)など。
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