『ぼくがアメリカ人をやめたワケ』(ロジャー・パルバース 著/大沢 章子 訳)集英社インターナショナル

「1960年代にどうもぼくはアメリカ人ではないとすでに感じつつありました。アメリカは一番すばらしい国だというレトリックとは裏腹に実際は現実との落差が非常に大きいことに気づいたのです。アメリカは階級社会ではないという神話がありますが、実際はひどい階級社会です。衣食住がまったく足りていない人がたくさんいます。発展途上国であればわかりますが、まるでそれがないふりをしているのは偽善です。ぼくはそういうアメリカの偽善がいやでした」

 と作家で翻訳家のロジャー・パルバースさんは1976年にアメリカ国籍を捨て、オーストラリア国籍を取得した理由を語る。本書は初来日した67年以降、日本で得た井上ひさし、大島渚らとの親交や故国アメリカについての考察を軸に綴られた回想録である。

「アメリカは神政政治に近い国です。戦前日本には国家神道がありましたが、それに近いです。それがすごくいやでした。初めて日本の土を踏んだのは昭和42年ですが、その日から日本人はほとんどの人が無宗教だと思いました。その精神の自由を初めて感じたのは日本に来てからです」

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 著者がアメリカを離れ、日本に向かう契機となったのは、ベトナム戦争だった。

「確かにベトナム戦争がアメリカ国籍を捨てる決定的な要素でしたが、それがなくても別の要素が積み重なって最終的にはアメリカ国籍を捨てたと思います」

 著者は当時アメリカ人であったが、オーストラリア国籍を取得する前に、京都に住んでいるとき、日本国籍を取得しようと法務省に電話すると、そのためには妻も日本国籍にならないといけないと言われたそうだ。

「もう一つ言われたのは改名です。名前は自分のアイデンティティの大きな一部ですが、帰化したときの名前まで考えました。作家の井上ひさしが親友だったので、井上ひろしなど、いくつか考えていました(笑)」

 著者は映画『STAR SAND-星砂物語-』や石川啄木の短歌を英訳した『英語で読む啄木』、英訳を手がけた宮沢賢治を論じた『賢治から、あなたへ』など文学、映画の分野ですばらしい作品を残してきた。

ロジャー・パルバースさん

「私は文学や映画が好きです。お金がないと映画を作ることができませんが、お金がすべてというアメリカのモラルも嫌いでした。今アメリカ帝国主義の崩壊が目の前で起こっています。ドイツ、イギリス、日本の帝国主義は戦争によって崩壊しましたが、アメリカの場合は自縄自縛みたいなものです」

 ドナルド・トランプについて著者は「日本版のためのまえがき」でこう書いている。

〈トランプが人間、そしてリーダーとして体現する、邪悪さ、利己主義、品のなさといったもののすべては、アメリカの「偉大さ」と表裏一体の偽善を表しているのかもしれません。ぼくが、トランプのような人間が現れるのを50年も前に予想したのは、自慢できることでもなんでもありません〉

 本書にも記されているように著者はアメリカのすべてを拒否しているわけではない。その文化のすばらしいところも認めながらもその将来については悲観的だ。

「トランプが消えてバイデンが大統領になるとアメリカはよくなると勘違いしている人が多いですが、裏に潜んでいるのはアメリカ的原理主義です。神様の慈悲というと美しく聞こえますが、実際は残酷な思想が底流にあります。オバマやバイデンも基本的にはレトリックが違うだけで内容はそれほど変わりません」

Roger Pulvers/1944年、ニューヨーク生まれ。作家、翻訳家、演出家。65年、ハーバード大学大学院に入学し、ロシア地域研究所で修士号を取得。67年、初来日。76年にオーストラリア国籍を取得。『驚くべき日本語』など著書多数。

ぼくがアメリカ人をやめたワケ

ロジャー・パルバース ,大沢 章子

集英社インターナショナル

2020年11月26日 発売