1972年(92分)/東宝/2500円(税抜)

 勝新太郎は大映専属のスターだった。だが、一九七一年に大映は倒産。すると、新たに東宝と提携して自らの率いる勝プロダクションで映画製作を続けることになる。

 ここで勝は実兄・若山富三郎主演の「子連れ狼」シリーズのプロデューサーに回り大ヒットに導く。その一方で自身は「座頭市」「悪名」といった大映時代からの看板シリーズに引き続き主演していた。

 今回取り上げる『新兵隊やくざ 火線』もそうだ。

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「兵隊やくざ」シリーズは、第二次世界大戦下の中国戦線を舞台に、暴れん坊の大宮一等兵(勝)とインテリの有田上等兵(田村高廣)のコンビが軍部や戦場の理不尽に抗いながら闘う、日本では珍しい娯楽戦争映画。大映時代に八作が作られ、最終的には戦争が終わっても大宮と有田は帰国することを選ばず、二人で戦災孤児を中国で育てるという結末を迎えている。

 本作はそれを一旦リセット。一九四四年の設定で、二人が最前線に送られてくるところから物語は始まる。

 これは、この時期に勝が主演した作品に共通する点なのだが、同じシリーズ作品でも大映時代に作られたのと、勝プロ=東宝の座組で作られたのとでは、テイストが大きく異なる。これは当時の勝の志向と東宝の風潮が合致したことによるものなのだが――大映時代は痛快なアクションや軽快なドラマが特徴だったのに対し、東宝時代はどこか暗さや重さがまとわりつく。

 本作も、そうだ。大映時代の本シリーズは、自由を求めて暴れまわる大宮の活躍と、それを愛しそうに見守る有田とのイチャつきが楽しかった。

 対して本作では、その辺りは弱い。一方で際立つのが、彼らに立ちはだかる神永軍曹(宍戸錠)の存在。陰湿で狡猾で横暴で冷酷。人間の悪徳を全て詰め込んだようなこの男が悪逆の限りを尽くす。大宮も有田もそれに反抗するのだが、決して痛快な結果には繋がらない。むしろ、神永は執拗に二人やその周囲の人間を苛み続けるのだ。従来のシリーズで見せてきた大宮と有田のコンビネーションはほとんど機能しない。宍戸の徹底した憎々しい芝居ばかりが、作品全体を支配していた。

 しかも、本作はシリーズ初のカラー作品なのだが、その映像もとにかく暗い。黒を基調とした照明が、理不尽な状況を重々しく照らし出す。また、BGMに流れてくる村井邦彦によるシンセサイザーの軽いタッチの調べも、かえってもの悲しさを醸していた。ラストも、どこか寂寥感が漂うものになっていた。

 従来通りの痛快娯楽を拒もうとする、勝の製作者としての意識が強くうかがえる。

日本の戦争映画 (文春新書 1272)

春日 太一

文藝春秋

2020年7月20日 発売