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連載春日太一の木曜邦画劇場

甘い青春映画、じゃないサスペンス的展開に驚く!――春日太一の木曜邦画劇場

『落葉とくちづけ』

2020/12/29
1969年(87分)/松竹/2800円(税抜)

 十代の頃、学校に全く馴染めなかった筆者は、現実逃避するようにひたすら映画を観まくっていた。古今東西、ジャンルを問わず、時間が合えば片っ端から――。

 中でもお世話になったのが、大井町にあった大井武蔵野館。旧作邦画の変わり種の作品ばかり特集上映する劇場は、立地の場末感もあいまって、とても落ち着く空間だった。

 そして、大井武蔵野館では特集上映の他に日替わりでレイトショーもやっており、特集でまとめきれないような、「不朽の名作」でも「伝説のカルト作品」でもない、後の時代の話題になりにくい映画をランダムに上映していた。

 毎日のように通っていたのだが、大半は観ていて眠くなるようなのばかりだった。それでも稀に「えっ!」と目を見張る作品に出合うことも。

 全く期待しないで観たら面白かった――というだけでなく、「たぶんこんな感じの作品だろう」と高をくくっていたら、思いもよらない展開に驚愕する作品も中にはあった。

 今回取り上げる『落葉とくちづけ』も、そんな一本だ。

 一九六〇年代後半、グループサウンズが大ブームとなり、各グループが出演した映画が次々と作られる。本作はその中の一組、ヴィレッジ・シンガーズが出演している。

 どうせ、若い女性ファンに向けた爽やかで甘ったるい青春映画だろう。その程度の心構えだった。それでも、「片っ端から観る」という方針を守るため、わざわざ足を運んだ。

 実際、映画が始まると序盤は予想通り。学生演劇で共に過ごした女優の信子(尾崎奈々)とヴィレッジ・シンガーズの面々の友情がコミカルに描かれ、斎藤耕一監督らしい淡いリリカルな映像で綴られていく。彼らが楽しげに歌う場面も長く挿入される。当時、暗黒真っただ中だった身には、興味のない世界だった。

 ああ、外れだな。帰りに何を食べよう――と上の空になりながらぼんやりスクリーンを眺めていた。が、それは序盤だけ。田舎から出てきた純朴な漫画家志望の青年・純(藤岡弘)の登場と共に一変する。

 純は信子を同郷の恋人と思い込んで付きまとう。が、信子には身に覚えがない。純は信子が記憶喪失になっているのだと言い切る――。

 文字にするとサイコ・サスペンスのような展開なのだが、本作はさらに一捻りがある。信子は、純の言う通りに自分が記憶喪失だと疑い、ノイローゼになってしまうのだ。

 物語はさらに二転三転、各人のアイデンティティを揺るがす大騒動に発展していく。全く予想のつかない展開に、気づけば夢中になっていた。

 こうした思わぬ出会いが、何より楽しかった。

日本の戦争映画 (文春新書 1272)

春日 太一

文藝春秋

2020年7月20日 発売

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