昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/01/05

山地は本当に快楽殺人者だったのか

 だが、山地が本当に快楽殺人者であったのかは疑問が残る。性衝動と殺人願望が結びついた行動は、ほかには確認できないのだ。

 山地は女性検事の求めに応じて供述していたのではないのか。彼女のため、凶悪な快楽殺人犯を演じたのではないか。

 山地が読んでいたお気に入りの漫画に『いちご100%』がある。ラブコメ漫画だが、山地は好きな漫画を『ゴルゴ13』だと取り調べでは語っている。江崎の前でも「自分は暴走族にいた」などとワルぶって語っていた。山地は明確に自分を演じ分けていたのだ。

©iStock.com

 強面の府警一課の刑事の取り調べを拒否していた山地は、この女検事に対してだけは、求められるままに供述をしている。

 山地には、疑似恋愛的な、ほのかな憧れが女性検事に対してあったはずだ。だが、その彼女が法廷で求めていたものは、山地の「死刑」にほかならない。

 いみじくも、その生涯を、女から求められた死によって山地は閉じることを選択したのだ。

オッカケがいる殺人鬼

 山地の死刑執行は、09年7月28日早朝だった。享年25。

 その直後から、ネットではイケメンとして一部に熱狂的な女性ファンが出現した。

〈顔立ちが端正で幸薄そうで、不謹慎だけどある種の美しい悲壮感が漂ってるよね〉

 ファンは法廷にも複数いた。初公判以来、殺人鬼である山地悠紀夫を一目見るため熱心に法廷に通っていた。つまり殺人犯のオッカケだった。

 ニヒルに笑う写真の影響か、一部の女性の間では、かなり人気なようだ。

 それは山地の人生で最大の皮肉だ。生前の山地の恋愛はひとつとして成就していない。そのことこそが、山地の殺人をひも解く鍵である。

 それは、ずっと取材していた筆者の結論だ。実は、山地の取材過程で、供述調書を手に入れていた。拙著『我思うゆえに、我あり 死刑囚・山地悠紀夫の二度の殺人』は、山地や関係者などの供述調書をもとに執筆した。江崎との初体験の様子まであるのは、そのためである。

 筆者にとっては、快楽殺人犯とされた山地悠紀夫は、どこまでもシャイで恋愛に不器用な男でしかない(本文中敬称略)。

【購入はこちらから】
日本の凶悪犯罪 昭和―令和「鬼畜」たちの所業100(宝島社)

この記事の写真(5枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー