夕方から夜にかけて訪れたなら、わずかな時間でも絶景そのものの夜景を堪能できる。夕日は遠く大阪湾に沈み、きらめく街の灯は大阪の町の営みそのもの。通勤電車で毎日乗っている人が大半だからか、外を眺めている乗客はほとんどいなかった。ヨソ者の筆者からしたら、こんな車窓を毎日見られるとは羨ましくてしかたがないですけどね……。
息を呑むような夜景を眺めたら、あとは一直線に生駒山地をトンネルで抜けて奈良県へ。奈良線があまりにも便利だからなのか、奈良県内に入ってもそこは大阪への通勤圏内。つまりベッドタウンの町が延々と続く。富雄駅、学園前駅、菖蒲池駅などの周辺は近鉄が開発を手掛けた奈良線屈指のニュータウンである。
大和西大寺駅では近鉄京都線・橿原線と交差し、続けて電車は平城京跡の真ん中を横切って走る。復元された朱雀門が右手(南側)に見えて、かつてこの地が“都”だったことが偲ばれる。文化財保護の観点もあって、この区間を地下化する計画があるという。まあ、それは確かに間違いではないのだろうが、かつての都のど真ん中を横切る電車、というのも味がある。地下に潜ってしまったら便利かもしれないが少しさみしい、と思うのだがいかがだろうか。
“いつも”とは「少し違う年の瀬」
終点の近鉄奈良駅は地下駅である。奈良市を代表するターミナルにはJR奈良駅もあるが、どちらかというと近鉄奈良駅のほうが中心に近い。近鉄奈良駅を出てそのまま東に進めば鹿が草喰む奈良公園。さらにその奥には東大寺や春日大社といった奈良の名だたる神社・仏閣が建ち並んでいる。きっと、いつもの年末年始なら古都で年の瀬を過ごす観光客で賑わって、お正月には初詣客も近鉄電車でやってきたはずだ。が、今年は近鉄も終夜運転を実施せず。鹿さんたちも静かで寂しいお正月を過ごすことになりそうだ。
短い旅だが乗って着いて戻って来るだけならば1日どころか数時間で済む近鉄奈良線の旅。遠出のできないお正月、通勤で使っている人ならば近鉄奈良線の車窓から大阪の町を眺めて心を洗い、近くに住んでいるなら1度だけ乗りにいってみてもいいかもしれない。ともあれ、いつもならば非日常の年末年始の盛り上がりを感じたはずの近鉄奈良線も、今年は少し違う年の瀬を送ることになりそうである。
写真=鼠入昌史