「Choo Choo TRAIN」が一気に売れて
―――すごい縁ですね。やはりCMの反響は大きかったですか?
NAOYA あれがすべての始まりでしたね。CMでも流れた「Choo Choo TRAIN」も大ヒットして、一気にZOOの知名度が上がりました。それから4年間、JRのCMを担当しましたが、初めての撮影は生田スタジオか緑山スタジオだったかな。CMでは本物の雪山に見えていたかもしれませんが、実はあれ、全部“塩”なんですよ。1トンの“塩”を使った大掛かりなセットで撮影していましたね。
―――完全に雪かと思っていました! その後、瞬く間にメジャーになったZOOですが、当時の1日のスケジュールはどんな感じでしたか。
NAOYA それが、周りから「あの頃は忙しかったでしょ?」ってよく聞かれますが、意外と暇でしたよ(笑)。土日はツアーや営業、ライブで大抵どこかに行っていましたが、平日はけっこうフリーなんです。毎晩六本木や芝浦ゴールドあたりのクラブを3、4軒はしごして、朝方帰宅。午後に起きて、渋谷で買い物したりレコード見たり、日焼けサロンに行って、夜になればまたクラブ。1週間で20、30回はクラブに行っていたでしょうね。
ダンスの練習も兼ねているので、仕事と言えば仕事でしょうけど、皆さんがイメージするような仕事ではないですね。
8割ぐらいはモテたいという動機
―――クラブでZOOのメンバーがいるだけで華やぎそうですが、プライベートでもやっぱりモテました……?
NAOYA おかげさまで! そのために踊ってるようなもんですから!(笑) 8割ぐらいはモテたいという動機ですよ。たぶんダンスやってる人は、みんなそうじゃないですか。
ZOOで名が知られるようになると、周りはチヤホヤしてくれるし出会いも事欠かない。それはやっぱり楽しいですよ! クラブではVIPは常連が多いので息抜きには行きましたが、一般のフロアの方が新しい女の子がいるしウロウロしていました(笑)。