昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/12/27

「私の子どもにも教えてほしい」と

―――ところで、今経営されているダンススクールは50店舗にも及ぶとのこと。そもそも、NAOYAさんとKIDSダンスが結びついたきっかけは何だったのですか。

NAOYA やっぱり『DADA』に来ていた人なんです。ZOOが解散して映像制作やアパレルの仕事もしていますが、しばらくしてmixiで当時のファンの方と直接交流が持てるようになりました。

 その中で『DADA』に来ていた女性が結婚して子どもを産んで、「今、子ども向けのダンススクールが流行っているから、私の子どもにも教えてほしい」と。当初は子どもがヒップホップを踊るなんて想像もしなかったし、クラブに行く世代が踊るものと思っていましたが、色々調べてみたら確かにKIDSのヒップホップが凄く流行っていました。

 ただ、僕ら世代でヒップホップを踊っていた人は、クセやこだわりを持っている人が多く、人にダンスを教えるなんて……という考えの人が多かった。その結果、ヒップホップが専門じゃない人がヒップホップダンスを教えていたので、それならヒップホップを経験してきた、本当に体現したい人たちが教えた方がいいんじゃないかと思ったのがきっかけです。

 

ダンサーから経営側に変わって

―――自由に踊りたい、枠にとらわれず自分の意志で踊りたいと仰っていたNAOYAさんが、今度は経営する立場になっていかがですか?

NAOYA まぁ色々矛盾してきますよね(笑)。やっぱり経営側に回ると、EXILEじゃないけど、言うこと聞く人の方が仕事はしやすいです。「みんなはちゃんと時間守れよ、しっかりやれよ、俺はやらなかったけど、お前らはやれよ」となりますね。

 ただ、“ダンスは遊び心”という僕のポリシーは、インストラクターにもしっかり伝えているし、どの教室でも反映しています。芸能界やバックダンサーを目指すのではなく、音に合わせて気軽にダンスを楽しんでほしい、ガチガチに緊張するのではなく、肩の力を抜いて自由に踊ってほしいと。その辺りは、他のダンス教室と比べるのもなんですが、子どもたちの表情も雰囲気も違いますね。

―――もともと誰もヒップホップを知らない時代から、今では子どもたちが踊る時代になりましたが、ヒップホップがここまで広がった理由はなんだと思いますか?

NAOYA ZOOの時代の人たちが親になったことや、学校でダンスが義務教育(で必修)になったことも大きいでしょうね。

―――子どもたちの憧れのダンサーといえば、どういった名前が挙がりますか。

NAOYA 自分からは聞きませんが、スタッフからはHIROのところやK-POP、最近はNiziUが出てから入会が増えたとは聞いています。Zeebraの娘がいるんですよね? 今はダンスの幅も広がっているし、始めは違うジャンルに興味があっても、だんだんとヒップホップというものを知ってもらえたらいいかなと。昔はヒップホップじゃないなら「帰れ!」と頭ごなしに否定したかもしれませんが(笑)、僕も少し丸くなったんでしょうね。

写真=深野未季/文藝春秋

この記事の写真(6枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー