「いっぱいいたよ。みんな捕まっちゃった」
この日、私は伊香保温泉に泊まって、賑やかだったという外人通りを歩いてみることにした。近所の人の話では、まだ数軒のスナックが営業していて、開店するのが夜7時過ぎとのことだったので、ホテルの部屋でひと息入れてから、外人通りに向かった。
ホテルから歩いていくと、薄暗い坂にポツリ、ポツリと明かりがついていた。昼間は廃墟のように見えたスナックにネオンが灯っていた。
一軒のスナックに入ると、開店したばかりということもあり、客の姿はなく、2人の女性がせわしく動き回っていた。ソファーに腰掛けると、相手をしてくれたのはタイ人の女性だった。
私の隣りに座ったノンと名乗った女性は、少し訛りがあるが日本語を話した。そのことからも長く日本にいることがわかった。反対側に座ったマリと名乗った女性は、ほとんど日本語を話せなかった。
「ごめんね。彼女はあんまり日本語話せないのよ。英語はぺらぺらよ」
私に気を使ってノンが言った。たいしてできない英語でマリに話しかけてみたが、発音が聞き取りづらいものの、すらすらと返してきた。
ノンは、日本に来て20年が経つという。
「日本の冬は今も嫌だよ。坂が凍ったりして危ないし、タイとは違って冷蔵庫の中にいるみたいだからね」
私は他愛もない話をしながら、頃合いを見計らって、少しずつ昔話を聞いてみたいと思った。
「昔はタイ人たくさんいたんでしょう?」
「いっぱいいたよ。みんな捕まっちゃった。私は在留資格があるから大丈夫」
ノンは、日本人の夫がいるため、観光ビザで働く女性のように危ない橋を渡る必要がなかったのだ。今も結婚生活が続いているので、スナックでの仕事はアルバイト感覚なのだった。
特にその話題を嫌がる雰囲気ではなかったので、さらに踏み込んでみた。
「今も女の子と遊んだりすることはできるの?」
「それはね、私の口からは言えないよ。何か調べているみたいね」
本題に踏み込みすぎたのがまずかったのか、私の口調がまずかったのか、私のことを警戒しはじめた。
何となく気まずい雰囲気で店を出た。外人通りの坂がますます暗く見えた。
私は、どうしても伊香保温泉と繋がりのあるタイ人女性に話を聞いてみたいと思った。後日、困った時の豊川さんに相談してみた。
ひとり紹介できる女性がいるという。
(後編に続く)
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