花電車芸とは、女性器を使った芸を指す。バナナを切る、ラッパを吹く、吹き矢を飛ばす、台車を引く、火を噴く等々……。前代未聞の芸が脈々と伝えられていた。いつ始まり、秘技はどう受け継がれてきたのか? 15年以上も色街を取材した作家・八木澤高明氏が『花電車芸人』(角川新書)で秘史を探った。
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ストリップだけを生業にして劇場を回る花電車芸人
本番まな板ショーを例に出すまでもなく、ストリップ劇場のショーは、時代の移り変わりが激しい。それゆえに、踊り子たちは日夜努力して振り付けを覚え、懸命に客を楽しませようとしている。一方、花電車芸はストリップがこの日本で産声を上げた頃から、演目が大きく変わることはなかった。そして、日本ばかりでなく、伝説の花電車芸人・ファイヤーヨーコと訪ねたバンコクなどでも演じられ続けている。果たして、この息の長さの理由は何なのだろうか。女性器を使う、男には決して真似のできない芸という点が、シンプルであるがゆえに、一層男たちの心を捉えて離さないのだろうか。
蛇がトグロを巻いたような、蕨ミニ劇場の曲がりくねった階段を私が上がっていくと、途中に受付があった。「いらっしゃいませ」
スマホに目をやっていた男性従業員が、顔を上げて声をかけてきた。私が取材で来た旨を告げると、再びスマホに目をやり、「上へどうぞ」と手で合図する。
3階が楽屋となっているが、蕨ミニという名前だけあって、楽屋は狭い。この日は5人の踊り子がステージを務めていたが、ステージにいるひとりをのぞいた4人の踊り子で楽屋の中はいっぱいだった。
「定期的に劇場で披露しているのは、私だけかもしれません」
入り口近くにいた踊り子に「ゆきみ愛さんの取材で来ました」と告げると、彼女は「今ステージなので、ちょっと待ってください」と言った。楽屋の外で待とうかと思ったら、「中へどうぞ」という。
楽屋にいた踊り子は、3人が20代と思しき若い踊り子だった。男がひとり紛れ込んでいようが、ルーティンなのだろう。何のためらいもなくガウンを脱いで裸体を晒し、楽屋の片隅に座っている私の目の前を通り過ぎていく。
目のやり場に困っていると、私の斜め前で化粧をしていた踊り子が「どうぞ」と、座布団を差し出してくれた。心遣いが嬉しい。
15分ほど待っただろうか。
「お待たせしてすいませんでした。ちょっと時間がずれてしまったんで、遅くなってしまいました。はじめまして、ゆきみです」
彼女は丁寧な口調で言いながら楽屋へと入ってきた。
名刺を渡して挨拶をすると、改めて花電車芸について取材を続けていること、数少なくなってしまった花電車芸人の踊り子の記録を残しておきたいことを伝えた。
「もう、花電車をやる人はほとんどいないんじゃないでしょうか。定期的に劇場で披露しているのは、私だけかもしれません」