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「1万5000円でいい。頼むから遊んで欲しい」女性が懇願した伊香保温泉のスナックで起きた“ある事件”

日本色街彷徨 伊香保温泉#1

2021/01/01
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体を売っていたのはカンボジア人だった

 事件に興味を持った理由は、売春させられていた女性たちがカンボジア人だからだった。私は、2000年代初頭から、タイ人娼婦たちが多くいた横浜黄金町で、売春の取材をはじめた。関東を中心に、今から20年ほど前には、黄金町だけでなく、茨城県の土浦、長野県の佐久、静岡県の伊豆長岡、今回訪ねた伊香保、そして売春島と呼ばれる三重県の渡鹿野島などに、多くのタイ人娼婦たちがいた。

 タイ人娼婦たちが体を売っていた非合法の色街は、摘発や昨今の不景気などから消えていった。そうした中で、カンボジア人女性が売春をさせられていたことに時代の変化を感じずにはいられなかったのだ。しかも、ニュースによれば、カンボジア人女性はタイ人女性が経営する店でも働かされていた。

2011年当時の伊香保温泉の様子(豊川氏提供)

 今から20年ほど前、東南アジアの人々にとって日本の観光ビザの取得は現在より極めて困難だった。黄金町にいたタイ人女性たちのほとんどは、日本人または日本在住のタイ人のブローカーによって、観光ビザを手配してもらい、500万円の借金を背負って日本に入国していた。

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 その借金の内訳を簡単に説明すると、ビザを手配するタイ側の業者、日本のスナックや売春地帯に売り飛ばすブローカー、そして受け入れたスナックなどが、それぞれの法外な経費を背負わせた合計額が500万円だった。

 タイ人娼婦たちは、その借金を半年ほどで完済し、あとは自分が働きたい土地を選び流れていった。借金が消えても就労資格などないため、必然的に働く場所は、前に記した各地の売春地帯だったのだ。

伊香保温泉の様子 ©八木澤高明

 娼婦の中には、故郷への送金のために休むことなく働き、故郷に錦を飾る者もいれば、不幸にもHIVに感染し、エイズを発症し日本で亡くなった女性もいた。タイ人女性たちは命を懸けて日本に売春に来ていた。まさに日本はジパングであった。

 それから20年、売春地帯が消えつつあり、日本の景気が後退している中で、タイ人ではなくカンボジア人の女性たちが体を売っていた。しかもタイ人が、かつて自分たちがさせられていたことをカンボジア人に強いていた。

 経済発展が続くタイでは、観光ビザの取得が容易になるなど、日本に行くことは、ハードルが高いことではなくなった。ブローカーたちは、タイより経済的に貧しいカンボジアに目を向けた。アジアの経済のヒエラルキーが、経済活動のひとつである売春にも色濃く反映しているのだ。