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「外交的な非礼にあたる」

 青瓦台は外交省の対日外交を信じていないし、期待してもいない。典型が駐日大使人事だ。韓国側が発表した次期駐日大使の姜昌一元韓日議員連盟会長を含め、文政権下で3人の駐日大使が任命されたが、伝統的なジャパンスクールは1人もいない。姜氏の任命にあたっては、青瓦台は外交省に何の相談もなく、いきなり日本の休日にあたる11月23日に大使内定を発表した。この時点で、青瓦台は日本側のアグレマン(承諾)を得ておらず、日本からは「外交的な非礼にあたる」という不満の声が上がった。

 すでに複数の報道があるとおり、過去に北方領土を訪問し、数々の日本批判発言で知られる姜氏に対する日本側のアレルギーは強い。日本政府内からは「文政権下でも、人がいないわけではない。なぜ、鄭景斗前国防相や趙世暎前第1外務次官のような、日本に太いパイプを持つ人物を送り込まないのか」という声も出た。韓国の政界関係筋は「要するにお友達人事。青瓦台のインナーサークルで、日本に対する深い洞察もないままに人事を決めるからこうなる」と語る。

「韓国不信」の菅首相 ©文藝春秋

 滝崎氏と金丁漢氏の協議は何度も行われてきたが、全く無味乾燥な内容を繰り返してきた。両氏が首相官邸と青瓦台のご機嫌ばかりうかがうため、ダイナミックで突っ込んだやり取りができず、原則論に終始してきたからだ。その責任の大部分は、官僚の忖度を強要する官邸と青瓦台にある。だが、青瓦台はそんなことは意に介さず、協議が進まないのは外交省の能力不足にあると判断し、朴哲民秘書官の派遣に舵を切った。

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日韓関係を破壊した政権として名を残すのか?

 一方、青瓦台が出てきたからと言って、首相官邸が「じゃあ、我々も」という判断を下したわけではなかった。これは、朴槿恵政権当時と比べて日韓の信頼が崩れている明白な証拠でもある。朴政権下でも慰安婦問題を巡って日韓関係は混乱した。このとき、韓国側で関係改善の陣頭指揮に立ったのが李丙琪元駐日大使(元国家情報院長)だった。

 李氏は駐日大使時代、旧知の杉田和博官房副長官の紹介で菅義偉官房長官(当時)と親交を深めた。国情院長時代は谷内正太郎国家安全保障局長(同)と信頼関係を築いた。これが首相官邸と青瓦台のホットラインにつながり、2015年12月の日韓慰安婦合意に結実した。だが、文政権下の2017年11月、李氏は逮捕された。首相官邸の青瓦台に対する視線は、今も凍り付いたままだ。

 そして今、菅政権も文政権も、内政の失敗が重なって、支持率が下がっている。国内の反発を抑え込んで日韓関係を改善させる政治的な余裕はなくなりつつある。文在寅政権はこのまま、日韓関係を破壊した政権として歴史に名を残すのだろうか。

出典:「文藝春秋」1月号

 牧野愛博氏による「徴用工問題『日韓 秘密交渉』の全貌」は「文藝春秋」1月号および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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徴用工問題「日韓秘密交渉」の全貌