筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。
元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った國友公司氏の著書『ルポ西成 78日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて5万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。
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溜まり場になっている「西成三先通り」
阪堺線今池駅の後ろに三先(みさき)商店という店がある。この店がある通りは通称「三先通り」と呼ばれ、車通りがほとんどないこともあり、昼間からすることのない生活保護受給者たちの溜まり場となっている。なけなしの金で買った三先商店のつまみをあてに、隣の自販機で購入したワンカップ酒をちびちびと、日がな一日舐め続けているのだ。
三先通りの路肩に座り、スーパー玉出で購入した弁当を食べている私の目の前では、5人の男たちがくだを巻いている。そのうち3人がヤクザを辞めて生活保護を受け始めた者。1人は過去のことを語りたがらないが察するにこの人も元ヤクザだろう。残りの1人はひたすら昔の武勇伝を私に語っている。
「30の時に俺、もう死のうと思ってヤクザに喧嘩を売ったんや。男なら最後くらい強さを見せなあかんからな。ヤクザと素手で殴りあったんや。すごいやろ?」
「兄ちゃん、韓流スターみたいやわあ」
その横では「お兄ちゃん将棋指しませんか? ごめんなさいよ」と車イスに乗った沖縄出身の金城さんが私の腕を突いてくる。「人が話してんねや!」と金城さんを叱ったおばさんも生活保護受給者で、カバンに入ったお菓子を三先通りの人たちへ配りにやってきた。「兄ちゃん、韓流スターみたいやわあ」と差し出されたドーナツは日光でブヨブヨになっていた。
金城さんは語尾に「ごめんなさいよ」と付けるのが口癖であり、また話し方から察するに認知症が進行しているようだった。頭の体操にでもなればと私は久々に将棋を指してみることにした。それに、見下しているというわけではないが、ボケたじいさんに負けることはさすがにないだろうと高を括っていたのだ。
「兄ちゃん、それでは角が危ないです」
「兄ちゃん、それでは詰んでしまいます」
金城さんは一手ずつ車イスから身を乗り出しては、絞り出すような声でこの一方的な対局を長引かせてくれるのだ。