筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。
元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った國友公司氏の著書『ルポ西成 78日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて5万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。
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【1日目】地下の世界へ
なぜだか分からないが自分が本当にどうしようもない――西成で一生ドカタをするしか選択肢のない――人間であるように思えてきた。前科はないとはいえ、私はもう25歳。このままライターを続けたところで売れる保証などどこにもないし、むしろどうにもならなくなる可能性の方が高い気がする。「こりゃダメだ」と気付いた時にはすでに30歳。正社員経験のない裏モノ系ライターがそこから就職するなんて、司法試験より難しい。少なくとも自分が人事担当だったら裏で「変わった人が来たんですよ」と話題にするだけで、間違っても採用しないだろう。
朝の4時半に起床し、5時に1階の入り口に集合する。食堂では岩のような手をした大柄な男や、歯が抜け腰の曲がった老人が生卵を白飯にぶっかけ、初めて持ったみたいな箸の持ち方でかき込んでいる。
ズボンに手を入れ股間を掻きむしり指先の匂いを嗅ぐ男。ポケットに両手を突っ込み、肩を揺らして歩きながら何事かわめいている男。いままで関わることのなかった人間たちがここに集まっている。世間の目が届くことのない、日の当たらない地下の世界へやってきたのだ。
新しく現場に入るということで書類を何枚か書かされた。これはS建設ではなくこれから行く現場のクライアントに提出する物のようだ。安全対策に関する講習はしっかり受けたか、といったいくつかのチェック項目がある。
「よく分からないだろうけど全部チェック入れておいて」
と私の現場の班長である菊池さんに書類を渡された。この菊池さんはS建設に入ってすでに15年以上。その想像を絶する勤務年数ゆえに班長に抜擢されているが、日給は私と同じ1万円(内寮費が3000円)。むしろまったく度が合っておらず遠くの物はもちろん、近くの物もそれはそれでぼやけるという眼鏡(菊池さんは乱視なのにケチって乱視を入れなかったらしい)のせいで周りからはボンクラ扱いされている。