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大きな施設を更地にするのは「気の遠くなる作業」

 ユンボが掘った穴をもう一度手で掘り返し、できるだけ鉄筋が浮き出るようにする。地中には鉄筋以外にも取り除かなくてはならない鉄の塊がゴロゴロあり、ユンボの先をドリルに替えてぐちゃぐちゃに潰していく。その際、舞う粉塵をそのままにしていると、地域一帯が粉まみれになり周辺住民からクレームがつきかねない。そこで私がジェット噴射のホースを持って、粉塵を打ち落としていく。ユンボを運転していたクライアント業者(この現場におけるヒエラルキーでは一番上になる)の遠藤さんは、

「このあと盛大にぶっ壊すための下準備や」

 と言っていた。その盛大なるぶっ壊しをこの目で見てみたいものだが、おそらく10日間では到底叶わないだろう。そのくらいこの大きな施設を更地にするのは気の遠くなる作業だった。数年後、見にこようかとも思ったが、敷地の周りは高さ3メートル以上の防音シートで囲まれており、外から現場を覗くことはほとんどできない。この防音シート、下の部分が敷地側に折り込まれるようになっており、ユンボで穴を掘る際にこのままではシートを突き破ってしまう。まずはこのシートを道路側に折り返して、通行人が足をかけて転ばないようにその周りにカラーコーンを立てるというのが私の仕事だ。

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(筆者提供)

すぐ隣を3人の女子高生が通り過ぎたら……

 ゴミや機材を運び、すでに泥だらけになっている姿で道路へと出る。しゃがみこんで防音シートを引っ張り出そうとするが、これが分厚くて重い。ヘルメットを斜めにし、汗をダラダラかきながら必死に地面に這いつくばっていると、すぐ隣を3人の女子高生が通り過ぎた。私には一瞥もくれず、スカートを手で押さえながら歩いて行く。

 現場作業を生業にしている人はいくらでもいる。その中には結婚をして家庭を持っている人もいるだろう。しかし私はあいりん地区の中にあるタコ部屋の最底辺土工。外を歩いているスーツ姿の人間たちとは住んでいる世界が違った。人間として大きな差をそこに感じざるを得なかった。防音シートもすべて引っ張り出したことだし、さっさと現場に戻ろう。

「兄ちゃんこの業界ホンマに初めてなんやな。この仕事で食っていくならいろいろと覚えて資格も取っていかないと話にならんで」

 とバーナーで鉄筋を切っている図体がやたら大きい男が言った。この人、顔も体格もしゃべり方も元力士の高見盛とうりふたつ。高見さんはS建設とは別のドカタ軍団、T組の一員。鈍くさい上にあまりにも視野が狭い。しかし文句も言わずただただ全力で仕事をするタイプなので、周りからはおだてられている。肉体労働の仕事なら、どこにでも高見さんのような人間が1人はいるだろうといった感じだ。