聞いたことのあるプロレスラーの入場曲がかかり…
解体と産廃はもれなくヤクザ関係という話はよく聞くが、S建設は解体業をメインに行っている会社だ。デパートはすでに内装のほとんどが取り払われており、すでに廃墟と化している。天井からは無数の配線が垂れ下がり、壁や床が壊され筒抜けになっている大空間は薄暗く、地下階などはライトがないと足元に空いた穴すら見えない。上から滴り落ちる水滴を避けながら、地下1階にあるS建設専用の休憩室に腰かける。仕事開始までまだ1時間近くある。静寂の中に土工たちの咳やため息だけが響いている。
始業10分前になったので、1階に上がり朝礼を行う。作業員は全部で100人近くはいるだろうか、S建設のような土工軍団を派遣している業者がもう一つ。クライアントである解体業者のほかにも鳶職人やガードマンもいる。仲良さそうにじゃれ合っている作業員もいれば、すでに現場での自分の居場所を失ったのか、うつむきながらじっとしている人間もいる。
スピーカーからどこかで聞いたことのあるプロレスラーの入場曲がかかり、続いてラジオ体操が始まった。最後にラジオ体操をしたのは中学校の体育祭だっただろうか。反抗期で嫌々やっていた記憶があるが、その時とはまるで違った気持ちだ。ラジオ体操をやれと言われたらやるし、土を運べと言われたら運ぶ。掃除をしろと言われたらホウキを持ってくるし、タイヤを洗えと言われればホースを伸ばす。
ここにいる人間は、ただいらなくなった粗大ゴミを壊すためだけの人間。久しぶりのラジオ体操で心なしか身体は軽くなったが、気持ちは暗いままだった。
細かい作業は下っ端の土工がせっせと手作業
解体作業というものはじつに原始的である。さすがに重機を使って壊していくのだが、細かい作業はすべて下っ端の土工たちがせっせと手作業で行う。ダイナマイトでドカン! と一気に爆破して、粉々になった廃材をブルドーザーで埋め立て地へぶち込んで終わりというわけにはいかない(これはこれで原始的だが)。
壊せるところから少しずつ手を入れて次はどこを壊せるのかなといった感じで、建設する時とは違って決まった設計図があるわけではない。
私は1階の外壁周りに配属された。取り壊していく前に外壁に沿って足場を組んでいく必要がある。しかし地中には無数の鉄筋が張り巡らされており、これを取り除かないことには足場を組むことができない。ユンボ(油圧ショベル)で穴を掘り、あらわになった鉄筋をひとつずつ作業員がバーナーのような道具で切断していく。とはいえ穴を掘るにもユンボでは限界がある。ユンボはもちろんのことバーナーを使うにも資格がいるようなので、ここで底辺土工である私の登場だ。