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2021/01/02

私は「土工」という職種になるらしい

「北海道出身だが住民票がどこにあるかもう分からない」ということから分かるように、一生飯場暮らしのチケットが発行済の菊池さん。いつも下を向いては行き詰まった顔をしている。

 講習などもちろん受けていない上に私は「安全帯」の使い方すら知らない。分かっているのは金属でできている道具のため、あいりんの男にとってはちと値が張る品物ということくらい。こんな状態で安全に作業ができるとは到底思わなかったが、あと10分で現場に向かうというので、内容も読まず、すべてにチェックを入れた。

 私は「土工」という職種になるらしい。簡単に言うと一番下っ端の底辺労働者ということだ。飯場に入っている人間のほとんどがこの土工というポジションになる。何年飯場にいるとかそういったことは関係ない。全員ひっくるめて底辺土工だ。

飯場の自室。1泊1000円のドヤと比べると見た目は清潔だが、夜になると南京虫が這い出してくる(筆者提供)

バンの中は終始無言……重苦しい空気が

 飯場の世話人であるまっちゃんにヘルメットを借り、バンに乗り込む。ドライバーを含めメンバーは総勢8名。助手席に1人、真ん中の列に3人、座席の取り外された後ろに3人という陣営で、私はもちろんシートのない後ろの席である。「床に座るとバランスが悪くて倒れちまうから、そのタイヤに座りな」と教えてくれたのは春日部出身の岡田さん。場所を半分に分けタイヤに一緒に座った宮崎出身の男(以下宮崎さん)いわく、岡田さんは元コッテコテの右翼活動家で、その過激さゆえにまあ色々とあり、今は西成に住んでいるらしい。岡田さんは現金型で来ており寮には入っていないが、宮崎さんはバリバリの飯場暮らし。しかも私と部屋が隣であった。

ドヤの屋上からは西成の街と通天閣が見えた(筆者提供)

 バンの中は終始無言。たまに競馬の話が出るくらい(しかも外れた話だけ)で基本的には重苦しい空気が流れている。信号待ちの際、窓から隣の車線に停まっているバンを覗いてみると、同じように行き詰った顔をしている男たちが乗っていた。

 しばらくすると遠くに野球ドームが見えてきた。そういえば松井稼頭央に憧れていた小学生の頃の自分はプロ野球選手になれると本気で思っていた。さらに重苦しい気持ちになると、バンはコンビニの駐車場に停車した。寮に入っている人は朝飯も食べられて弁当の支給もあるが、現金型で来ている人は当然、飯は自分で調達することになる。1日働いて7000円では少し寂しいが、一文無しの訳アリ人間にとってはわずかに残されたすがれる場所。とりあえず飯場に入ってしまえば、食うものと寝る場所には困らないのである。

 バンに乗り込んで約1時間、今日の現場に到着した。老朽化で閉館したデパートらしい。これから10日間、どんな仕事をするかさっぱり分からないが、とりあえずこの建物をぶっ壊して更地にするというのが現場の最終目標である。