「これだけは分かっとき。足を洗えば綺麗に生きられるんや」
「なんだか若い子いじめているみたいでもうしんどいわぁ。ほら、もう負けました。ごめんなさいよ」
そう言うと金城さんは小指のない手で自分の王将を私に差し出した。いまでこそヤクザは指を詰めなくても辞められるようになったというが、金城さんはもう80近い。しっかりとけじめをつけ、代わりに200万を受け取り、ヤクザを引退したという。対局終わりに握手をした。小指の先をなでると金城さんは手を素早く引っ込め、
「やめてくださいな、もう綺麗さっぱり足を洗ったんですわ。ごめんなさいよ」
と申し訳なさそうに頭を下げた。きっと償いたくてもどうすることもできない、思い出したくないことがたくさんあるのだろう。
「兄ちゃんもこれだけは分かっとき。足を洗えば綺麗に生きられるんや。自分の力で成長せなあかんで。誰も教えてくれないんやで。ごめんなさいよ」
そう言うと、金城さんは別の老人と将棋を指し始めた。
「檻の中にいる時から肝臓が悪くて、いまは福祉の申請待ち」
金城さんに話し相手を奪われた歌丸師匠に似た老人が私の隣に座り込んだ。
「兄ちゃん、それにしても若いですね。ほら、その靴なんか結構いいものじゃないですか。きっと立派な職業に就いているんでしょう?」
スリスリとごまをするような口調で歌丸は私のことを探ってくる。
「いえ、私もただの西成のいち労働者ですよ。しばらくしたら飯場に入ろうと思っているんです」
「へえ、兄ちゃんみたいな方が飯場ですか。育ちのよさそうな顔をしているのにもったいないですよ。建設の現場は私も行ったことありますがキツイですよ。若いうちしかできない仕事ですけど、若い人間がするような仕事じゃない。兄ちゃんのように賢そうな方ならほかにも仕事はたくさんあるでしょう」
「歌丸さん、今日はお仕事休みなんですか?」
こちらも探るように聞いてみると、歌丸は「私が仕事なんて、そんなやめてください」と苦笑しながら話し始めた。
「私、じつはつい10日ほど前に神戸の刑務所を出たばかりなんですわ。前回は7年入っていましたけど今回は2年。檻の中にいる時から肝臓が悪くてですね、いまは福祉の申請待ちといったところですわ。西成って街は私みたいな人間まで面倒見てくれるいいところですよ。生活保護が下りるまでの期間はなんでも業者が金利なしでお金を貸してくれるっていうんですから」
歌丸はそう話している間もヘラヘラしながらワンカップ酒をすすっている。肝臓が悪いというのに今日だけでもう15杯目だ。まだ40代だというのに骸骨のようにやせ細り、脚を引きずるようにして歩いている。