私は何度も考え、決心しました
「お母さん、もう言わないでください。これは私の運命です。運命は、このように決められていたのよ。亮さんが亡くなったあと、私は別の彼氏とよりを戻すとか、新しい人を見つければ、今日の苦しみはなかったでしょう。だからこれは運命なのです。でも、私は自分の力で運命を乗り越えます。心配しないで下さい。それから、姉さんのことも、考えます。何か他にありますか」
「ないよ。苦労しないでね。体を大切にね」
母との電話を切りました。
みぞおちに硬いものが詰まっているように息苦しく辛いです。でも、私が苦しむのはいいのです。姉さんと息子を巻き添えにしている事に気が滅入ってしまうのです。私は息子のために奮起をしなければなりません。私はひとりではありません。みんなを私と一緒に苦しませることはできません。
電話で母が言っていた亮さんとは、私が日本で結婚する前の彼氏です。正確にいうと婚約者だった人です。私たちは小さいころから一緒に成長し、仲がよく気心も知れていました。中学生のころ交わした会話を覚えています。
「日本の桜、着物、建物が好き」と私が言うと亮さんは「富士山を見てみたい。できれば登ってみたい」と言いました。
亮さんは事故で死にました。彼の願望をかなえることが私が日本にきた理由のひとつでもあります。しかしその願いは、いまだ叶えられず、私は病院のベッドの側で、茂さんの面倒を見るため鼠のように働いています。夜ひとりになって月の光を浴びながら母の言葉を思い出し、あれこれ、考えました。とにかく仕事をして、お金を稼がなければなりません。でも、何をしますか。工場でのアルバイトですか。それでは、あまり、お金を稼げません。私に出来ることで、姉さんの所にも十分なお金が送れる仕事……。私は何度も考え、決心しました。
翌日、私はまず婦長さんを探して現在の状況を話しました。
「息子たちは、中国にいる姉さんのところで養われています。1年以上生活費を送っておらず、姉さんはやむなく借金をして私の代わりに息子たちを育てています。茂さんもなかなか回復しないので、入院費用も必要です。切羽詰っているので私が仕事をするしかありません。茂さんの世話ができなくなるのは、心苦しいのですが、どうか茂さんの面倒を病院の方で見てやってください。お願いします。もし何かあったら電話をください。スグに飛んで来ます」
その後、私は医療相談室の人と財務責任者と続けて話をし、完全看護の了承を取りました。〉