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「酔ってしまいたいけど、どうしても酔えない」 中国人妻が風俗嬢へと転落した“末路”

『中国人「毒婦」の告白』#18

2021/01/07
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「酔ってしまいたいけど、どうしても酔えない」

〈東京に出てきて私はひとりぼっち。頼れる人は誰もいません。どうしようもなく孤独です。まるで糸の切れた凧のよう。一体、どこまで漂っていくのでしょう。酒を飲まないときは、前向きに努力していこうと決心しますが、その内、次から次と不安が押し寄せ酒を飲まない訳にはいかなくなります。でも、飲めば飲んだで別の不安が湧いてきます。正直、とても疲れています。死にたくなります。すべてをもぎとってしまえば、身軽になり、元に戻ることができるのでしょうか。〉

 酒に溺れ、酒で神経を麻痺させて、どうにか精神のバランスを取っている毎日といっていいのかも知れない。時には、どうしても眠れず、朝までひとり飲み続けることもあった。

 ある日、サワーをビールに換え、ビールをサワーに換えて、空が明るくなりつつあるのに、まだひとりで飲み続けていると、別の部屋で寝ていた店長が飲み水を探しに詩織の部屋の前を通り過ぎようとした。そして、ドアも開けたまま、畳の上に無数の酒瓶を転がしベッドに寄りかかっている詩織を見て驚きの声を上げた。

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「あービックリした。あんたが夜明けまで酒を飲んでいるのを初めて見たよ。初めて、初めて」

 心配顔で見つめる店長に、詩織はベッドに寄りかかったまま、こう呟いた。

「酔ってしまいたいけど、どうしても酔えない。手元の酒を全部飲んでしまったら、もう飲まないから、心配しないで……」

 その言葉は咽に絡まり、半ば人生を捨てた人間の嗚咽のように店長には聞こえた。

気温35度を超える夏の午後

 私は、事件直後も、その後も、何回となく、女逃亡者のように詩織が息を潜め、風俗嬢としてジッとすごした浅草の店周辺を訪れ、聞き込みをした。彼女の風俗時代を含め詩織がこの街でどんな思いで身を沈めていたのか。私にも見せない詩織の心の鎧の中をどうしても客観的に知りたいと思ったからだ。

 浅草寺や仲見世を中心にした浅草の中心繁華街から西に約500メートル。2010年の、ある夏の日の午後。この日も気温は35度を楽に超えていた。陽が落ちるには早い時間帯だ。

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 ストリップ劇場のロック座前。人気踊り子、小向美奈子の艶やかな笑顔の写真とともに出番を華々しく告知する大きな看板前に街行く人たちが群れている。JRA場外馬券売り場近く。シャッターが閉まった日陰の路上にはカップ酒を几帳面に4、5本並べ顔を真っ赤にし、ひとり宴会をするホームレス。その脇でボロ屑のように横たわる男。その傍らをカメラを首に下げた金髪の中年の白人カップルが半ズボン姿でゆっくりと歩く。浅草演芸ホール前を日傘をさしチャイナドレスを纏った肉感的な40歳代の中国人女が小走りに急ぐ。

 そうした光景を背に、ひっきりなしに多くの車が行き交う国際通りに立ち、信号を渡る。すると演芸ホール側の国際色豊かな喧騒から、アッという間にうら寂しい雰囲気が漂う街に迷い込む。詩織が風俗店を営んでいたのはこの一角だ。