2020年9月28日に、高知県高知市の桂浜水族館で4頭のコツメカワウソの赤ちゃんが誕生した。その愛くるしい様子で、桂浜水族館の公式SNSも大人気だ。一般公開は2021年1月2日を予定している。小さな命の誕生を記念して、公式Twitterの「おとどちゃん」(@katurahama_aq)に、エッセイを寄せてもらった。
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虹の橋を渡ったコウメ
アパートやマンションの窓を見るのが好きだ。ベランダに溢れ出る生活感、プランターひとつにもそこで暮らす人の色彩が垣間見える。建物の中にいくつものいのちがあって、窓の奥にそれぞれの時間が存在している。そこには確かに人生がある。手繰り寄せるいのちの集積。いつかその場所が空き地になった時、そこになにがあったか思い出せなくならないように、柔らかい風に頬を撫でられたから、もう少し歩こう。
令和2年9月28日、コツメカワウソの王子と桜の間に4頭の赤ちゃんが生まれた。王子は大分マリーンパレス水族館「うみたまご」から桂浜水族館にやってきたオスのカワウソで、桜と出会う少し前までコウメというカワウソとともに暮らしていた。王子もコウメも子どもを作りにくい身体をしていて、2頭は子宝に恵まれることがなかった。
夏が深まる令和1年7月のこと、コウメは老衰のためこの世を去った。彼女が天国へと旅立った日は、これから抱く寂寥を騒ぎ立てるように朝から蝉時雨が空を叩いていた。寄せては返す波が薫る昼下がり、彼女は静かに息を引き取り、ここでのいのちの更新を終え、天国で生きることを選んだ。17歳だった。
コウメが亡くなってからしばらく、王子はひとり精彩を欠きいつも寂しそうに鳴いていた。カワウソ舎に立ち寄ってみると「コウメは? コウメはどこに行ったの?」と無垢な瞳で見つめてくる。心許無い声で鳴いて、彼女の名を呼び続ける姿に何度も胸を締め付けられた。
桜がやってきた
桜が桂浜水族館にやってきたのは、令和2年2月25日のことだった。福岡市動植物園から王子のパートナーとしてやってきた桜は、搬入直後こそ少し緊張している様子だったが、麻袋から顔を出してこちらの様子を窺ったり隠れたりを繰り返した後、すぐにエサを食べ「結構肝が据わってるな」と飼育員たちを笑わせた。
王子と桜はすぐに打ち解けた。飼育員の手により人工保育で育った王子は、親から泳ぎ方を教わっていないために足がつかない水場が苦手で、桜と出会うまでは浅いプールを泳ぐことすらあまり積極的ではなかった。しかし彼女と出会い、コウメの死を乗り越えた頃から、彼は桜の泳ぎを真似て水を張った桶で泳ぐようになった。カワウソ舎に立ち寄るたびに、桶の中を遊泳していた王子がひょっこりと水面から顔を出して、誇らしげな表情をして見せるのがどうにもいじらしくて愛しい。