鯖やワカサギの味
カワウソは約3カ月の授乳期間を要するそうで、飼育員たちは生後2カ月を過ぎた頃から赤ちゃんたちの離乳に向けて準備を始めた。ふやかしたキャットフードや細かく切った鯖、ワカサギを口に入れてみる。生まれて初めての感覚や味に戸惑っているのだろう、赤ちゃんたちは口に入れられた固形物をすぐに吐き出して皆ピィピィと大きな声で鳴きながら手足をバタつかせた。しかし何度か繰り返すうちに味を覚えたのか口に入れても吐き出さずに小さな歯でちゃんと咀嚼して飲み込むようになり、次第にそれらを「おいしいもの」だと認識すると、口の前に差し出すだけで自ら顔を寄せて食べるようになった。飼育員たちはそんな赤ちゃんたちの成長に「おお! 上手だねえ。すごいねえ。おいしいねえ」と口元を緩め顔を綻ばせた。固形物を食べさせることができるようになれば、母体任せだった体重をこちらでコントロールできるようになる。女の子の赤ちゃんは母親譲りの性格からか肝が据わっているようで、はじめこそ嫌がったもののすぐに食事に慣れ、細切れの魚を口の前に持っていくと、早い段階で積極的に食べるようになった。男の子の方は父親譲りの性格なのかしばらく駄々をこね続け、飼育員たちが一番クセが強いという身体が大きな男の子は硬く口を噤んで頑なに拒絶した。そうしているうちに歯も生えそろい、飼育員が赤ちゃんの口に魚を入れる際に指を噛まれるとちゃんと血が出るほどになった。手足の力も強くなり、掃除や給餌の時間に部屋から出すために使う移動用の籠も随分と手狭になってきた。
日に日に成長する4つの命
いのちは儚くて、生命は逞しい。ピィピィと鳴く声が日を重ねるごとに大きくなる。これから次第に顔も性格もそれぞれのかたちを形成していくのだろう。小さないのちたちもそれぞれの色彩を纏ってそれぞれの時間を生きていく。4つの個性を生きていく。
ここで紡がれるすべてのいのちの声にずっと耳を傾けていたい。そんな日々に栞を挟むようにシャッターを切って明日を描こう。
衣装ケースの中で寝ていた赤ちゃんたちが、飼育員の手によって日溜まりのもとにやってきた。籠の中で身を寄せ合い丸まってすやすやと眠っている。柔らかないのちに向かってキラキラと降り積もる太陽の光が海雪のように見えた。ゆっくりと瞼をもち上げた一頭と目が合ったが、眩しそうにしてからまたすぐに目を閉じた。