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初めての子育てにおろおろする王子

 2頭にとって初めての妊娠、出産、子育て。カワウソは子育てを両親で行う生きものらしいが、人工保育で育った王子にとって自分が受けていない「子育て」をわが子に施すのは不思議の連続なのだろう。飼育員が給餌時に近づくと、王子は生まれたての子どもを咥えてこちらに連れてきた。人工保育で育った個体にとってはわりと普通の行動なのだそうだ。

©️桂浜水族館

「王子、ええで。わかったわかった。赤ちゃんな、大丈夫。桜ちゃんに返してあげて」と飼育員が王子を宥める。王子が適当に地面に落とした赤ちゃんを、桜が少し息を荒げて迎えに行き、首を咥えて寝床に戻す。桜にシャッと怒られて王子は一瞬身を引くも、どうしていいかわからずまた子どもを咥えて飼育員に見せようとする。しばらくそんなやりとりを繰り返し、王子の行動に辟易しつつ彼を制してなんとか食事を終えた桜は、すぐにベッドである衣装ケースの中で横になると、赤ちゃんたちを抱きかかえ授乳の体勢に入った。王子は自分が何をしていいかわからず、タオルを引っ張ったり、桜から赤ちゃんを引き剥がしたりし、また余計なことをするなと桜に咎められていた。

 生まれたばかりの頃は体長約17センチ、体重60グラムほどだった4つのいのちは順調に育ち、10月10日には薄っすらと目が開き始め、生後1カ月を過ぎた辺りにはみんなしっかりと目が開いた。

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 どうか初めて見た空が優しい色でありますように――。

「俺もいつか子どもできたら」

 目が開いた赤ちゃんたちはさまざまなものに興味を持ちはじめ、首が据わるとよく動きまわるようになった。毎朝行う体重測定では、立ち上がりバケツの縁に手をかけて飛び出ようとするので、飼育員たちも気が気ではなくなった。赤ちゃんたちの体重は少しの減少を挟みながらも日に日に増えていき、すぐに最初に使っていたバケツには収まりきらなくなった。バケツの大きさを変えてみるも、元気に動きまわるために測定器の上でぐらぐらとバケツが動いて倒れそうになる。毎朝なんとか4頭の体重を測る日々。もはや飼育員と赤ちゃんとの戦いだ。

©️桂浜水族館

「俺もいつか子どもできたらこんな風に毎日大変なんやろうな」

 海獣班のリーダーがそんなことをぽつりと溢した。その横顔は慈愛に満ちていて、いのちにとても真摯だった。