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2021/01/05

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

胆沢ダム建設に狙いを定めた水谷功

 そして、数ある東北の公共工事のなかで、水谷功が狙いを定めたのが、胆沢ダムの建設だったのである。

「あの日は多分、小沢さんところで急な資金が必要になったのと違うやろうか。前日まで海外出張しとった川村が日本に帰国し、急きょ会うことになったらしいんや。それで桑名まで金を取りに帰る余裕がなかった。そのため、慌てて経理担当重役の中村に出金させ、別の役員に現金を持たせて新幹線で東京まで届けさせたんやで。そのあたりも、地検は全部つかんどるはずなんやけど……」

 水谷建設の元首脳が、そう打ち明けた。繰り返すまでもなく、「あの日」とは、水谷建設の社長だった川村尚が、東京・港区の全日空ホテルに駆け付けた2004年10月15日を指す。小沢事務所の事務担当秘書だった石川知裕に会ったとされる日だ。川村が二度、5000万円の現金を小沢事務所に渡したとされるうちの最初の話である。現金はその前に水谷建設東京営業所に届けられ、いったん金庫に保管されたともいわれる。

©iStock.com

 水谷建設の裏献金疑惑は、これまでその実態が判然としなかった。それは否認を貫く小沢サイドの説明不足というより、むしろ水谷建設の関係者が口を閉ざしてきたからだろう。

「ワシャあ、話してもしょうがないやないか。(現金授受の)現場にいたわけでもないしな」

 2010年3月に出所してから5カ月あまり、水谷功本人もそう言いつづけて沈黙を守ってきた。この間、私は何度かその水谷に会い、少しずつ話を聞いてきた。やはり、そうそう饒舌には話したがらない。

「ここまでくればしゃべらなあかん」

「ワシは言われるほど、政界との付き合いはないで。政治家に口を利いてもらって、工事をとることもないしなぁ」

 政治家との交友について尋ねると、水谷功は決まってそう語る。都合が悪くなれば口を閉ざす。あるいは行方を隠すこともあった。徐々に胸襟を開くようになってきたか、と胸をなでおろしていると、一転して連絡を絶つ。平成の政商と異名をとるだけあって、その言葉を額面どおりに受けとれない部分も少なくない。しかし、水谷功は巷間言われているような、支離滅裂で下手な嘘をつく詐欺師タイプではない。

「ここまでくれば、関係者は世のため、道義的にしゃべらなあかんやないかっていうこともあるやないか」

 といきなりそう言い、その重い口からショッキングな事実が顔をのぞかせた。そうして本人の思惑を読みながら、取材を繰り返していった。

 胆沢ダム工事は、総事業費2440億円の一大プロジェクトだ。それだけに大手ゼネコンのみならず、下請けの建設業者にとっても、喉から手が出るほどほしい。実は小沢事務所への裏献金工作は、二度にわたる全日空ホテルの1億円だけではない。献金相手も大久保や石川だけではなかった。水谷建設は、小沢サイドに五度にわたる受注工作を展開してきたのである。

 

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