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「一人か?」と声をかけられて

「人気のない住宅街を歩いていたら、民宿のような建物の前に立っていた年配の女性に、『一人か?』って声をかけられたんです。一人旅という意味かと思って『はい』と答えたら、『なんかあったら私はここにいるから』と言う。その時は意味がよくわからなかったんですが、あとから『働きにきた女だと思われた!』と気づきました。

 でも若い人ならまだしも、私なんて、40代半ばの綺麗でもないオバサンなのに、そんな人間でも娼婦に見られるのかと不思議に思っていたら、売春島のルポを書いた高木さん(※)に、『いや、花房さんみたいな人いたよ』とあっさり言われました。つまり、そんな若くない女も、この島で働いていたんです」

(※高木瑞穂氏。『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』の著者)

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 娼婦に間違われたことで、「まだ売春が行われていることをリアルに感じられた」と話す花房さん。

©️文藝春秋/釜谷洋史

 全盛期には10軒以上の置屋にストリップ小屋、パチンコ店などがあり、ホステスは200人にのぼったというが、現在、島の人口は219人(平成27年国勢調査より)。かつて島を潤した性産業の衰退と共に過疎化が進む。

「私が住んでいる京都にもかつて五条楽園という歓楽街がありましたが、2010年に警察の手入れが入ってなくなってしまったんです。つい最近まで現役だったのに、学生時代、周りの男の人に『女の子は行っちゃいけない場所なんだよ』と言われ、女の私はずっと目隠しされていたというか、踏み入ることができないまま潰えてしまったんです。

©️文藝春秋/釜谷洋史

性産業がさかんだった痕跡を消したがる人々

 それに、性産業のさかんな地域に住む人たちは、その痕跡を消したがります。伊勢志摩サミットの前に『週刊ポスト』が渡鹿野島のある志摩市や三重県に問い合わせをしたら、役人たちは『売春島なんて聞いたこともない』と、驚くほど建前だけの回答をしていました。

 誰もが“売春島”をなかったことにしようとしているけど、私としては、確かに存在した性の歴史の痕跡を残したかった。売春島が“なきもの”にされる前に、ここで存在したものを書き留めておかなくては、という気持ちで一杯でした」

《売春なんてとんでもない、売春婦なんて自分とは縁のない世界の堕落した人間だと思っている、世の中にありふれたつまんない男》

2015年当時の渡鹿野島(花房観音さん提供)

 性風俗業界で働く女性たちは、様々な困難を抱えている人が少なくない。

 しかし政府は昨年、性風俗で生計を立てる人々を「社会通念」を理由に、新型コロナにまつわる持続化給付金や家賃支援給付金の対象外とした。

「身体を売る女性」を同じ人間としてカウントしないことが「社会通念」なら、これほど恐ろしい世の中はない。