チベットの大草原を舞台に、羊飼い一家の日常と葛藤を描いた映画『羊飼いと風船』が1月22日より公開される。監督のペマ・ツェテンはチベット映画の先駆者。すでに国内外で高い評価を得ているが、日本での劇場公開はこれが初めて。映画は、チベットの伝統的な生活風景を映しながら、近代的なシステムが及ぼす影響をリアルに描く。
一見のどかな一家の生活。だが政府による家族計画や、人々の根強い信仰心が家族の間に徐々に亀裂をもたらす。そんななか、子どもたちが遊ぶ白と赤の風船がおとぎ話のような雰囲気を醸し出す。
「この映画を思いついたのはまさに風船がきっかけでした。ある日、空に浮かぶ赤い風船を偶然目にしたんです。その瞬間、この風景を映画にしたいという衝動が湧いてきました。チベットでも一人っ子政策の影響が強く現れていたので、この状況と合わせてあるものを白い風船にしようと思いついた。そこにチベット人独特の文化と信仰を絡め、女性を主人公に家族の話を描いたらどうなるか。そんなふうに少しずつ物語を書いていきました」
元々小説家として活躍していたペマ・ツェテン監督。過去作と同様に、本作も映画と小説の両方を発表している。
「過去作では自分の小説を映画化してきましたが、今回は、小説を書こうとは当初、全く思っていませんでした。赤い風船に触発されたのはあくまで映画にしたいという思い。それで脚本を書き上げたけれど残念ながら当時は検閲の審査に通らなかった。そのまま置いておくのはもったいないと思い小説として発表した後、再び映画化の話が動き出し、改めて脚本を書き直しました」
監督はチベット人の手でチベットの映画を作り始めた第一世代。その躍進ぶりは大きな注目を集めている。
「2005年に初長編を作ってから15年ほどが経ち、映画が文化としてチベットの地に根付いてきたと強く感じています。観客はもちろん、映画製作に関わりたいというチベット人も増えてきた。中国ではこの状況をチベット・ヌーヴェルヴァーグと呼んでいるくらいです」
とはいえ状況は未だ厳しい。
「まずチベット語の映画では製作資金が集まりづらい。中国の映画市場は中国語がメイン。少数民族の言語で語られる物語だと知ると、観客は堅苦しい文芸映画だと思い込みなかなか見にきてくれず、結果として製作費も集まらない。もう一つの問題は、チベット地区では経済的にも文化的にも映画産業における基礎が足りないこと。チベット語を話す俳優は増えていますが、子役や老人役を演じる俳優はまだ少ない。今回も主要なキャスト以外はみな、演技経験のない一般の人たちから探さなければいけませんでした。チベット映画を商業的に成り立たせるのは本当に難しいんです。それでも私の映画に関して言えば一作ごとに公開規模が拡大しているし、全体で見れば徐々にいい方向に向かっています。まだまだ課題は多いですけどね」
Pema Tseden 1969年、中国青海省海南チベット族自治州生まれ。大学在学中に小説家デビュー。北京電影学院で映画を学び、2005年に初長編映画『静かなるマニ石』を発表。
INFORMATION
映画『羊飼いと風船』
http://www.bitters.co.jp/hitsujikai/