2019年1月に土俵を去り、田子ノ浦部屋で若い力士の指導に励む一方、大学院で研究に励む荒磯親方。そんな彼は「日本のスポーツ界を大きく変える格闘家」としてボクシングの井上尚弥(27)の名前を挙げた。プロデビュー以来、20戦負けなし、米「リング」誌が全階級の選手を格付けする「パウンド・フォー・パウンド」で世界2位をキープする日本ボクシング史上最強の王者だ。

 元横綱を虜にしたのは井上のボクシングスタイルだった。

人間の本能に反した動き

「2020年10月31日、ジェイソン・モロニーに7ラウンドKO勝ちを収めたように、相手を一発で仕留めるパワーがある。井上選手の試合を見ていてスリリングなのは、『いつ一発が来るか』という期待感があるからでしょう。しかし、私が興味深く見ているのは、本来は相手との間合いを測るために使われるリードジャブの巧みさです。私は、井上選手のジャブに『インテリジェンス』を見るのです。

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 人間は本来、人を殴る時には体をねじり、それによって生じた力を腕に伝えて殴ります。それが相手にダメージを与える際の人間の本能だからです。ところが井上選手の繰り出すジャブは、相手に接近しているところから、タメを作らずにいきなり出る。前触れが見られないのです。タメを作らずにいきなりパンチを出すのは、人間の本能に反した動きであり、知性か、あるいは技術によってコントロールしていなければ出せないパンチだと思います」

©AFLO

 荒磯親方がボクシングに興味をもったのは意外なきっかけだった。

「父がアマチュアボクサーだったのです。家にサンドバッグが吊るされており、子どもの頃はよく叩いていましたし、父から『身長が180センチなければ、ヘビー級のボクサーにするつもりだったんだが……』と言われたことがあります。どちらが良かったか、私には分かりません(笑)。

 こうした環境に育ったこともあり、私もボクシングが好きになり、辰吉丈一郎対薬師寺保栄の一戦に胸を躍らせ、長谷川穂積の強さに度肝を抜かれました。後楽園ホールで観戦することもたびたびありますし、私がたいへんお世話になった鳴門親方(元横綱隆の里)もボクシング好きで、マニー・パッキャオの試合を興奮しながら語っていたことも懐かしく思い出されます」