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「この扉は人間と鬼が住む世界を隔てる境」 中国人“毒婦”が殺人未遂で逮捕された末路

『中国人「毒婦」の告白』#20

2021/01/14

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)

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◆◆◆

「警察だ! 警察だ!」

「いらっしゃいませ」

 習慣的に男性の後ろのドアを施錠する。しかし、男は、ドア口に立ったままで、奥に入ってこようとしない。ちょっと変だと思った詩織は本能的に自分の部屋の方に後退った。すると、男は自ら施錠をはずし、ドアを大きく開けた。その瞬間、大勢の男たちがなだれこんできた。

「警察だ! 警察だ!」

 先ほどの先頭の男が警察手帳をふりかざした。

 客と女の子が心配になり、慌てて部屋をのぞくと、客は悠然としていた。彼らも警官だったのだ。

 私服警官の一群は、室内のいたるところをひっくり返し始めた。それこそ、厨房からトイレまで。詩織のノートやメモ帳、領収証、国際郵便の受領証などがどんどん段ボールに詰め込まれていく。詩織は、白日夢を見ているようで、まだ事態が良く飲み込めていなかった。違法営業容疑か、売春容疑か? でも、警察の指導には従っていたし、誰か店の繁盛に嫉妬した者が中傷の告発をしたのか? しかし、混乱する詩織の眼前に突きつけられた逮捕状には、「傷害罪」と記されていた。

 詩織は慌てて首を振り、こう叫んだ。

「私、誰も殴ったこともなければ、傷つけたこともありません。何かの間違いではありませんか」

 すると逮捕状を示した刑事が冷たくこう言い放った。

「鈴木茂への故意による火傷」

「あー。でもあれは、私ひとりのせいではありません。鍋を移動しようとして、茂さんとぶつかって……」

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 しかし、叫ぶような涙声の抗議は男たちの怒声にかき消され、もみくちゃにされながら詩織は警察の車に押し込まれていた。

〈本当に誰も私の言っていることを信じてくれません。火傷は2年以上前に発生したものです。どうして今頃になって傷害罪で逮捕されるのですか。もしも私が故意に茂さんに火傷を負わせたのなら、彼が火傷したあと、私に示してくれた気遣いや、彼が書いていた記録、そうしたものをどう理解すればいいのですか。私は本当に故意にはやっていません。〉