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「私を指名してくれるお客さまは20代から50代」 中国人妻が風俗店経営で月700万稼げたワケ

『中国人「毒婦」の告白』#19

2021/01/14

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

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◆◆◆

 男は私の顔と詩織の写真コピーを見比べて、こう言う。

「知り合い?」

「それでは知っているんですか?」と私は取材している旨を告げた。

 男は、こうボソボソと答えた。

「何度か来た。仕事の合間だったのかな、非番だったのかな。ひとりでフラリと来た。ほとんどつまみも頼まない。派手目だったが、なんというか青白い顔して夜叉のように黙々と酒を1人で延々と呷っていたので覚えてるんだ。それで、今、あーあの女だと思った。一度だけ、『まだ若いんだから体に気つけな』と言ったことがある。女は無言で小さくニッと笑っただけ。それだけさ」

「さくら」に指名殺到

 詩織の手記に戻ろう。

 いずれにしても、そうした詩織の凄愴な生活が、彼女に、ある種の「翳り」と「妖艶さ」を与え、客の人気を高めていくのだから皮肉といえる。さらに徹底した「サービス」と「テクニック」が拍車をかける。源氏名は「さくら」。またたく間に店のナンバー1に昇り詰めた詩織は、周囲が身体の心配をするほど、働きづめに働いた。気がつくと、自ら、独立するのに十分な程の資金を溜め込んでいた。さらに金が欲しいという欲望と、いくつかの事情が絡まって、前述したように、やがて詩織は自分が働いていたマンションの別室に風俗店「メサイア」を開店する。

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 詩織はママとして経営に携わるとともに、ここでも「さくら」として妖艶な姿を店のホームページにさらした。「さくら」指名の客が行列をなしたのはいうまでもない。

〈新しい店の経営は難しいうえに、もう1軒の店もありました。私は頑張りました。新しいお店が1ヶ月で赤字を出さなければ成功です。

 でも一部の客はとても意地悪です。うれしい言葉でいえば、私を「専用」で、指名してくるということです。ある客は「さくらちゃんでなくては帰ります」と、こちらの説明が終わる前に店をでていってしまいます。いくら呼んでも戻ってきません。そんな人が6人もいたことが何日もありました。私は、泣き出しそうになります。

 私を指名してくれるお客さまは、20代から40代、50代と様々です。