鳴り続ける予約電話
そんな折の06年2月6日。
茂が植物状態になってから、間もなく2年がたとうとしていた。
その日、詩織は、中国の子どもたちに送金をしようと、あちこちの銀行を駆け巡っていた。ただ、それまでは銀行は手続きが面倒なので郵便局から送金していた。しかし、今回は、かなりの大金であり、郵便局からの送金は、中国では時々行方不明になってしまうというアクシデントがあるので、安全を期して、銀行からの送金と決めたのだ。何しろ体を張り命を削って稼いだ金だ。途中で紛失されては困る。
とはいえ、いくつかの銀行をまわったが、受け入れ先の中国の銀行の住所が不明とかで結局送金できなかった。詩織は明日こそ、と思って、その夜は仕事に没頭した。
翌2月7日。
詩織は電話のベルで起こされた。
まだ昼の12時を回ったばかりなのに、客からの予約電話だ。住み込みの女性を起こして髪を直させる。もうひとりの女の子も出勤してきた。2人とも可愛い女の子で客を喜ばせる術も心得ており、この商売では前途有望だ。また電話が鳴り、別の客の予約が入った。詩織は「女の子が2人で客も2人、ちょうどいい」と思った。客が来たらその金も受け取って、一緒に銀行から送金しようと考え、化粧を直し始めた。
その時、また電話が鳴った。
いくら店が繁盛しているといっても、こんなことはめったにない。今日は一体どんな日なのだ、と一瞬、脳裏を不安がよぎったが、頭を振って「ラッキーなのよ」、と思い直した。
なにしろ、ドラゴンが空に飛翔するように業績が上向いているのを、最近強く感じていた。先月、スタイル抜群の女の子がはいり、そしてもうひとり、中国への里帰りから戻ってきた女の子が友人の紹介で入ってくることになっている。この子も美人で人気がでそうだ。昼間シフトの女の子も前途有望だし、今月は何か勢いがあり、店が益々繁盛しそうだ。そうだ、電話がたくさん鳴り続けるのは、その前兆だと詩織は納得する。
同時に、この調子なら春には中国にいる2人の息子をいよいよ日本に呼び戻せ、水入らずの生活が出来るだろうと考えた。とはいえ、息子たちと日本で優雅に暮らすにはもっともっとお金が必要だし、そのためには、いま軌道に乗りつつある店を、さらに発展させなければならない。それに朝から晩まで息子たちの食事の世話をして育てるには誰か店を安心して任せられる店長が必要だ。いまの従業員の中に自分の眼鏡にかなうような人間がいるだろうか。いなければ、これから、急いで教育しなければ……。