その中でも、どちらかというと20代30代の人が、さっぱりしていて、客として好感が持てました。みんなとても恥ずかしがりやのようで、私の体をあちこち触るでもなく、手さえ握らず、キッスも要求してきません。それどころか、サービスの全過程でじっと私に身を委ねたままで、可愛いと感じることさえありました。〉
詩織は、特に感情が一途な客には、恋人に接しているような気持ちになったこともあると告白している。そして日本の男性にも温情があるのだと感じ、こんなケースでも愛と呼べるのだろうか、と自問している。それは、茂との性生活では得ることのなかった、肉体の触れ合いによる、ある種の安らぎではなかったか。つまり、性風俗で働きながらも、詩織のどこかに、愛を求めて彷徨する何かがあったのだ。
「さくらが、できないなら、金返してくれ。ブスとやるなんてもったいない!」
もちろん、そんな可愛い客ばかりではなく、問題のある客もいた。
詩織だけを指名してくる客も、経営者としての立場からは“困った客”になるのだが、肉体で触れてのサービスだけに生理的に受け付けないという客も時にはいたのだ。それこそ肌が合わないということだろう。それでもサービス精神旺盛な詩織は、ある程度まで受け入れていた。しかし、何が何でも嫌な客がいた。困ったことに、その客は、通ってくる度に詩織を指名した。最初の内は「きょうは生理日だから」と、若い別の女性を紹介するなど、様々な手管ではぐらかしていたが、何度も断られた客は、さすがに怒った。そのうち連日、朝4時ごろに卑猥な言葉で嫌がらせ電話をしてくるようになったという。
しかし、それまで歩んできた詩織の人生にとっては、その程度のことは、まったくダメージにもならない小さな小さなトラブルだ。
また別の、こんな客もいた。
詩織は、経営者として自分ひとりに指名が集中しないよう、他の女性たちにも客が廻るよう気配りをしている。たまたま、その日、彼女は本当に生理日だったので、過去何度か彼女を指名したその客に、やんわりとこう言った。
「きょう、私は生理日です。別の女性を紹介しますが、それで納得していただけませんか」
すると、客は声高にこう言い放った。
「さくらが、できないなら、金返してくれ。ブスとやるなんてもったいない!」
その言葉を聴いた瞬間、詩織は、ひとりの看板風俗嬢から、ママ、すなわち経営者の顔に変身する。
「お金は返します。その代わり、もうこの店には来ないでください。あなたの言葉は店のほかの女の子を侮辱しています。ママで店主である私は、店の従業員を侮辱されて黙っている訳にはいきません」
こうした経営者としての自覚と責任は、店の女の子の共感を呼び、彼女たちが一生懸命働くことで「メサイア」は一層繁盛した。最盛期には女の子を数人使用していたので1ヶ月の売り上げが6、700万円近くあったのではないかと噂する者もいる。こうした中で、深酒という詩織の悪癖もいつしか消えていた。