昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「今日やらないと、チャンスは二度とないのかも」 夫殺しの中国人“毒婦”が迎えたXデー

『中国人「毒婦」の告白』#15

2021/01/02

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回の1回目)

©iStock.com

◆◆◆

「まだまだ真実が語られていないことが山のようにある」

 ここで疑問が浮上する。インスリンの手渡し場所だ。検察冒陳では茂と久美子の元夫が入院していた病院のバス停となっている。詩織が故意に事実を曲げているのか、それとも詩織や久美子が当時の捜査陣に真実を語らなかったかだ。その点を捜査関係者に質すと、こんな一言が返ってきた。

「あの事件はまだまだ真実が語られていないことが山のようにある。ナゾがいくらでも出てくるんだ」

 一方、詩織は「手記に書いたとおりです」と答えるのみだ。

 インスリン事件までの流れを、引き続き詩織の手記をもとにたどる。

 04年3月30日。結婚から約10年が経とうとしていた。熱湯事件による茂の傷も癒えはじめていた。子どもたち2人は依然として中国に預けたままで、離婚話も膠着したままだった。そうした曖昧な状態のまま時はすぎていくように思われたが、詩織の「小田部を出たい」という気持ちはけして萎えてはいなかった。

©iStock.com

 間もなく田植えの季節がやってくる。茂は苗を育てるための棚場作りの作業をしていた。詩織も棚場の中の雑草を取り、骨組みの上にビニールをかけて黒い紐で風で飛ばされぬようしっかり結ぶ。はたから見れば働き者の夫婦が助け合っているように見えたが、修復しがたい齟齬が生じていたのはいうまでもない。それに、茂は、まだ体調が万全ではなく、昼を過ぎる頃には激しく息を切らすほど疲労した。詩織も慣れない作業にへとへとになる。それでも2人は顔を真っ赤に上気させ肩で息をしながら働いた。

 やがて夕暮れが近くなり、詩織はひと足先に家に戻り、風呂と夕飯の準備をする。風呂の準備が終わったころ、茂が戻ってきた。この日、茂は、相当疲れたのだろう。家に着くなり動けなくなった。

 茂の額に触れると、相当熱がある。体もホコリだらけだ。詩織は夕飯の前に、茂を風呂に入れ全身をそっと洗ってあげた。そうしながらも憎悪と慰撫がないまぜになって心の奥底で揺れ動いていたのが判る。それがよけいに茂へのいたわりの行動となって現れる。