映画監督の西川美和氏が、自身6作目の長編映画『すばらしき世界』を完成させた。2月11日の全国公開に先立ち、映画制作の日々を描くエッセイ集『スクリーンが待っている』(小学館)を1月15日に刊行。原案となった小説への思い、監督自身にとって「書くこと」とは何か、話を聞いた。

(取材・構成=鳥海美奈子)

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 本書『スクリーンが待っている』は、小説誌「STORY BOX」に連載したエッセイをまとめたもので、私にとって6作目となる長編映画『すばらしき世界』を作る過程を綴っています。

 ただし、このエッセイを書いていた頃は制作発表前だったので明かせないことも多く、その意味では難しさもありました。でも私個人としては、この映画に関する長い備忘録を書き留めることができて、良かったなと思っています。

西川美和監督

原動力は「名作を復刊させたい」という思い

 新作映画は、故・佐木隆三さんの小説『身分帳』を原案としています。いままでオリジナル脚本で映画を撮り続けてきた私にとっては、初の原作ものへの挑戦でした。佐木さんの100冊以上ある著作のなかでも、『身分帳』は決して有名ではなく、むしろ世間から忘れ去られていたような小説です。

 その本と出逢い、読後は「こんなにすばらしい作品が、忘れ去られて行くのはまずい」という使命感のようなものが芽生えたことなど、映画化にいたったプロセスも本書には記しています。

 佐木さんはアメリカのニュージャーナリズムに影響を受けた方で、この作品では彼が実際に取材した、元殺人犯の男がどのように社会でやり直していくかを、まるで事実そのままであるかのように、抑えた筆致で書いています。

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 とりわけ大事件が起こるというわけではない、比較的地味ともいえる話がよくこれほどの物語性を持つことができるなと、とても感心しました。殺人を犯した男の狂気や残虐さに焦点を当てるのではなく、主人公は実は、人との関わりや生きがいを求めて、傷ついたり喜んだりする、私たちとほとんど変わらない人間だとも感じられます。

 人間という複雑で不可思議な存在を追求していくというその姿勢は、私自身の映画作りの目的や日々感じていることとも一致していました。