ロッキード事件において田中角栄は、本当に有罪だったのだろうか――。1976年、田中角栄は、米国の航空機メーカー、ロッキード社からの賄賂を総理在任中に受け取り、全日空に同社の「トライスター」を購入するよう口利きをした罪を問われた。ロッキード社のコーチャン副会長の証言によると、彼は30億円にものぼる賄賂を、日本の政界にばらまいたという。

 裁判は、1993年の田中角栄の死によって収束を迎える。しかし、田中角栄は嵌(は)められたという主張も未だ根強い。作家の真山仁氏が事件の真相を追求した「ロッキード」より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目。前編を読む)

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 角栄の「職務権限」について、当時の検察の考えを知るために、元検事である宗像紀夫(むなかたのりお)に会いに行った。

 1942(昭和17)年生まれの宗像は、中央大学を卒業後、司法試験に合格、司法修習20期を修了し、68年、検事に任官する。

田中角栄 ©文藝春秋

 ロッキード事件発覚時は、福島地検に在籍し、現職知事である木村守江(きむらもりえ)の汚職事件捜査に追われていたが、その後、特捜部に異動し、ロッキード事件丸紅ルート控訴審では、公判検事を務めた。さらに、88年のリクルート事件では、特捜部副部長として主任検事を務め、その名を轟かせた。

ロッキード事件に向き合うたびに感じる違和感

 宗像は、2004(平成16)年、名古屋高検検事長を最後に退官し、現在は弁護士として活躍している。

 私がロッキード事件を改めて見直していると話すと、宗像は「世代の違うあなたが、あの事件を検証するというのは意味があるね」と言った。その言葉に背中を押され、ロッキード事件に向き合うたびに感じる違和感をぶつけてみた。

「一般人の感覚なら、民間航空会社の機種選定が総理大臣の職務権限に含まれるなんて考えもしないだろうね。総理大臣なんだから、全ての省庁の大臣に何でも命令できるし、その権限もある─と、最初から決めつけていたら、検察の主張に説得力なんて生まれないのではないですか」

 人を殺せば殺人罪だという分かりやすさが、受託収賄罪にはない。

 厄介なことに、受託収賄罪の重要な構成要件である職務権限について、総理をはじめ各大臣の職務は法律で細かく定められていない。したがって、事件を構成するひとつひとつの要素に白黒が付けにくく、結果としてグレーゾーンでの解釈論争になる。