「それが法治国家のルール」
しかし、法律の拡大解釈は厳に慎むべきであるというのが、法の精神である。この連想ゲームのような「総理に職務権限あり」の発想は、屁理屈ではないか。
「法律的思考からすれば、なんら問題がない。あとは裁判所が判断することになる。それが法治国家のルールだし、裁判というものです」
何を尋ねても、宗像は考えを押しつけるでもなく、余裕綽々である。
そして宗像は当然のように「それが法治国家のルール」だと言うが、その論理がストンと腹に落ちない不可解さ─。
それが、ロッキード事件には漂っている。
ちなみに、ロッキード事件の場合、運輸大臣が全日空に対して機種選定について指導したり、強要したという事実はない。そして、角栄が直接関わった証拠もない。
異色弁護士の反論
では、弁護側は、それにどう立ち向かったのだろうか。
第一審から田中弁護団の事務局長を務めた弁護士・稲見友之に話を聞いてみた。
麹町にある事務所を訪ねると稲見は、裁判記録のファイルを積み上げたデスクの前で、私を迎えた。
そして開口一番、「今までは、核心的な取材には応じてこなかったが、今回はすべて話したい」と言った。
なぜ、今回は特別なのかと尋ねると、稲見は、1冊の本を示した。東京地検特捜部の検事が主人公の拙著『売国』だった。
「連載時から読んでいたが、これを書いた人の手が関われば、もしかしたらロッキード事件に、新しい光が差すのではないかと思っていた。そこに取材依頼が来たので、腹をくくりました」
恐縮するしかなかったが、私自身も、まさにその新しい光を求めているのは間違いなかった。
稲見の大きな目には誠実の光がある。角栄の壮絶な人生の終焉を目撃した両眼は、今も輝きを失っていない。
1938(昭和13)年東京に生まれた稲見は、中央大学を卒業後、63年に司法試験に合格、司法修習18期を修了して、弁護士登録した。
スタートは共産党系の弁護士が多い事務所というユニークな経歴の持ち主だが、大学時代から親しかった保岡興治に乞われ、角栄弁護団の事務方を手伝い、やがて事務局長を務めるようになる。保岡は、判事補、弁護士を経て72年、衆議院議員となり、田中派に所属していた。