1976年、田中角栄は、米国の航空機メーカー、ロッキード社からの賄賂を総理在任中に受け取り、全日空に同社の「トライスター」を購入するよう口利きをした罪を問われた。ロッキード社のコーチャン副会長の証言によると、彼は30億円にものぼる賄賂を、日本の政界にばらまいたという。
裁判は、1993年の田中角栄の死によって収束を迎える。しかし、ロッキード事件において田中角栄は、本当に有罪だったのか。事件の真相を追求した「ロッキード」より、作家の真山仁氏が、検察の主張である「5億円は4回にわけて、田中角栄に渡った」という点に疑義を持ち、検証を行った様子を紹介する。(全2回の1回目。後編を読む)
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ロッキード事件が発覚した米国上院の小委員会(通称チャーチ委員会)と米国証券取引委員会が入手した証拠の中に、1個100万円を表す符号として「ピーナツ」や「ピーシズ」という単位と個数が書かれた領収書が存在した。
領収書によれば、1973年から74年にかけて合計500個のピーナツを4回に分けて支払われたとあるため、検察はそれを根拠に、「4回にわたり合計5億円を榎本敏夫を介して、田中元総理に渡した」と主張したのだ。
4回に分けて?
最も人目を避けたい行為を、なぜ4回も繰り返すのだろうか。
現金授受の場所は、他人の目につかない場所であるべきだ。まず、思い浮かぶのが料亭などの密室だが、これは来客記録が残る場合が多い。
控訴審の判決では裁判所は、「本件5億円は違法な賄賂であって、その支払いを契機に事が露見することは絶対避けねばならない事柄であり、したがって、支払いの時期や方法が慎重に選択されたとしても決して不思議ではない」と、述べている(1987年7月29日)。
意外にかさばらない5億円の札束
現金の授受の回数は少なければ少ないほど露見のリスクが減る。丸紅が立て替えるなり、1度に支払うという選択肢はなかったのだろうか。
そもそも5億円の札束は、車のトランクに充分収まるボリュームなのだ。
拙著『標的』がテレビドラマ化された時、3億円の現金を授受する場面を見学したことがある。ドラマ・クルーは、「リアリティが大切だから」と100万円の札束の寸法を測り、現金3億円分の紙束を用意した。それらは、ショッピングバッグ2袋で収まってしまった。