なのにあなたはラブホに行くの? これも全て“それしか”考えられないからである。この場合の“それしか”とは肉欲。
松本清張の小説のおもしろさは連れ込み宿から一気に場面が日本全国に飛ぶところである。今回は新潟だった。それも市内ではなく、柏崎(かしわざき)。当時、市内から電車でどれくらいかかったのだろう? 寺泊(てらどまり)から出雲崎(いずもざき)、その先が柏崎。特に冬場は荒狂う日本海と豪雪であった。
清張作品の聖地を巡礼
僕は数年前、松本清張の小説の現場を訪れるブームがあってその柏崎に行ってみたことがある。そしてこの『不安な演奏』に出てくる映画監督久間隆一郎が泊った“青海荘ホテル”を捜し出した。まるで自分も小説の中にいるような不思議な気持ちがして、旅館の方に尋ねると「取材旅行で一度、清張さんもお見えになってます」と、おっしゃった。実際の名称は“蒼海ホテル”、僕は何度も旅館の前でシャッターを切った。
そこから少し行ったところが“海につき出た米山(よねやま)峠の北の端の海岸が鯨波(くじらなみ)になり、南の端が椎谷(しいや)になる”。小説と同じでドキドキワクワクしたもんだ。
それから現場は甲府、東海道、尾鷲(おわせ)、そして九州と飛ぶ。小さな連れ込み宿の部屋から始まったストーリーがまるで主人公・宮脇平助と旅してるように広がっていく。布田(ふだ)での教会のくだりは戦後、実際の事件がベースとなった小説『黒い福音』での、スチュワーデス殺しの臭いがプンプンするし、選挙違反にまつわる殺人は、これも戦後まもない怪事件・国鉄総裁が轢死した“下山国鉄総裁謀殺論”(文春文庫『『日本の黒い霧』㊤に収録)が基盤になっている気がした。
清張作品のおもしろさの真髄
松本清張の小説のおもしろさは単なる推理ではなく、清張さんの中で湧き起った“霧”的マイブームが小説の中にたくさん盛り込まれているところ。それは最初バラバラで起った出来事が、途中から絶対不可欠の説得力を持って結びついていく。点と線。正しくそのタイトルが清張さんの骨頂なのだ。