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“遊園地のアトラクション”が恋人に……物に性的魅力を感じる「対物性愛」ってなに?

不思議な映画『恋する遊園地』を鑑賞して

2021/01/15

 スウェーデン出身の女性、エイヤ=リータ・エクレフは、ベルリンの壁と結婚し「壁の崩壊と同時に未亡人になった」と言っている。アメリカ人のエリカ・エッフェルは、その名の通り、パリの象徴であるエッフェル塔と結婚したという。

 なんのことだか、と首をひねる人もいるかもしれない。世界には「対物性愛(オブジェクト・セクシャリティ)」と呼ばれる性的指向の人たちがいる。彼・彼女たちは人間や動物など生命のあるものではなく、建物などの“物”に心や温かみを感じて愛情を抱き、性的に惹きつけられるのだそうだ。

©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

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鉄骨の建造物と肉体での交わりも

 建築好き、鉄道ファン、重機マニア……建物やさまざまな“物”の愛好家は多い。それとは別なのか、その延長線上にあるのかはわからないが、対物性愛の人々は自分が愛する“物”を擬人化して捉えていて、心があると感じるという。人によっては、テレパシーで会話することも可能だったり、肉体で性的な交わりを持ったりするケースもあるそうだ。

 例えば、エリカ・エッフェルは結婚相手のエッフェル塔を女性とみなしており、レズビアンの関係だった。彼女のまわりでは、途切れることなく観光客が記念撮影をしているので、愛しいエッフェル塔と言葉を交わすことはできない。しかし、300メートルもあるその凛々しい姿を熱い眼差しで見上げ、性愛の欲望が高まるとそっと自分のトレンチコートを持ち上げて、エッフェル塔の脚の一部にまたがり、周囲から見えないように、密やかで静かなセックスをするのだ。

©️iStock.com

 対物性愛を、一律に「なんらかのトラウマで、人を愛せなくなった人が陥る状態」とする否定的な考え方もあるようだが、それではセクシャルマイノリティを拒否している感は否めない。今や世界中で理解が広がりつつある同性愛が、かつて偏見に満ちた視線を浴びていたことを思い出させる。

マイノリティの「対物性愛」をイメージできる素晴らしさ

 世間に向けてカミングアウトし、マスコミの取材やインタビューに応えている人が、世界にはわずかにいる。しかし世間に受け入れられないことを恐れ、自分の中に抱えこんでいる人も、おそらくかなりの数が存在しているだろう。

 あらゆる性的指向同様、対物性愛である人に、それをカミングアウトするようにと、他者からすすめることはできない。しかし、マジョリティがマイノリティを理解している世の中こそが「生きづらさ」を解消する第一歩だとすれば、「対物性愛とはなんぞや?」と疑問に感じる人々が、少しでもそれを理解し、イメージできるようになることは、素晴らしく価値のあることなのではないだろうか。

©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

 ただ、さすがになんの心構えも予備知識もなく、いきなり冷たい金属やコンクリートと心を通わせてみようと試みてもうまくいくとは思えない。ところが、そんな壁を軽やかに飛び超える作品が現れた。それが、この度公開となる映画『恋する遊園地』だ。