慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決を取り決めた2015年12月の日韓合意成立後も、韓国では市民団体が少女像を設置するなどして、問題が解決する様子は見えない。いっぽう、慰安婦問題は韓国だけの専売特許ではない。近年になって、台湾や中国本土でも、慰安婦問題はホットなトピックに変わりつつある。

 中華圏において、従来はそれほど注目を集めてこなかった慰安婦問題が「啓蒙」されはじめたきっかけは、ここ数年間に各国で次々と制作されたドキュメンタリー映画だ。すなわち、中国の『二十二』(監督:郭柯、2017年)、台湾の『蘆葦之歌』(監督:呉秀菁、2015年)、カナダで在加華僑が制作した『THE APOLOGY』(監督:Tiffany Hsiung、2016年)といった作品群である。

https://youtu.be/SFpREuzjlJw
※カナダの市民団体系メディアがYoutubeに投稿した『THE APOLOGY』の監督インタビュー。韓国・中国・フィリピンの元慰安婦3人に焦点を当てた作品だ。監督のHsiung氏は名前の英文表記からすると、おそらく台湾(中華民国)系の華僑なのだろう。

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 今回の記事では特に中国の『二十二』と台湾の『蘆葦之歌』について、私が作品を実際に現地で鑑賞した際の様子と作品の周辺事情についてご紹介してみることにしよう。

この夏、中国で最も熱かった映画

 中国の慰安婦ドキュメンタリー映画『二十二』は、今年8月14日の世界慰安婦記念日に合わせて中国全土で上映が開始された作品だ。一般にドキュメンタリーものは興行面で振るわないことが多いが、中国の大手映画サイト『時光網』によれば本作の興行収入は1億7000万元(約28億9000万円、9月23日現在時点)。9月から現地で公開された日本映画『銀魂』劇場版の約2倍という異例の大ヒットを記録している。

 タイトルの『二十二』とは、作中に登場する慰安婦問題の被害者の人数で、上映時点で生存者はわずか8人に減ったという。ちなみに作中では、中国人の元慰安婦やその家族だけではなく、海南島で慰安婦と日本人(父親不明)の間に生まれて周囲から差別されて育ったと語る男性や、朝鮮半島出身で中国大陸で慰安婦とされた後にそのまま中国国内に残留した女性なども登場する。

 新華社の報道によると、スタッフはもともと低予算で撮影をおこなったそうで、映画自体は2014年に完成。翌年に中国国内で上映許可を得たものの配給資金が足りなかったので全国に寄付を呼びかけ、最終的に3万2099人から100万元(約1700万円)が集まったことで、今夏の上映にこぎつけたとされる。作品の制作顧問には上海の中国慰安婦問題研究センターのトップ・蘇智良が名を連ねる。

 私が北京市内の映画館・朝陽劇場で実際に見てみたところ、作品としては確かに「いい出来」であった。作中では「大戦中に少なくとも20万人の中国人女性が強制的に慰安婦にされた」という主張にやや引っかかりを覚えたものの、1980年生まれの若い監督が手がけたためか全体的にプロパガンダ映画的な雰囲気が薄く、垢抜けた作風だ。

『二十二』は再現VTRやナレーションを使わず、もっぱら取材対象者に自分の言葉で喋らせ、他に元慰安婦の葬儀や元慰安所などを淡々と映していく手法を取る。個人的な感想を言えば、話が重くて画面が静かすぎるため、上映時間99分間の3分の2を過ぎたころから少し眠気が出たのだが、政治的な問題をさておけばドキュメンタリーとしての出来はいい。作り手側の取材対象者に対する敬意や配慮も、画面から感じ取れる作品ではあった。

https://youtu.be/BsNvBf_lftk
※台湾のAMA MUSEUM(後述)がYoutubeに投稿した、映画『二十二』の予告。淡々とした作風はこの予告編からも伝わるだろう。

 興行終了間際の時期だけに客席はまばらだったが、観客にはカップルや1人で鑑賞する女性など若い人が多かった。いずれもテレビの抗日娯楽ドラマを喜んで見ていそうな層(田舎の人や高齢者に多い)ではなく、スタバで本を開いてコーヒーを飲んでいるほうが似合う、平均以上に文化資本が高いと思われる都会的な若者だ。

 ネット上の感想を眺めても、いわゆる「憤青」(中国版ネット右翼)的なロジックを用いた書き込みより、冷静かつ厳粛に、中国の過去の戦争における被害や人権侵害に向き合うような論調が目立つ。

 ある意味において、当局が最初からプロパガンダを目的に作った作品よりも、日本の視点から見ればずっと政治的なダメージが大きそうな作品が華々しくヒットしているわけである。