1974年作品(86分)/東映/2800円(税抜)/レンタルあり

 今年は石井輝男監督の十三回忌にあたる。筆者は二十年前に短い期間ながらも監督の書生をしていた経験があり、その際にさまざまな目に遭ったため愛憎相半ばしている。

 が、「網走番外地」シリーズや「異常性愛路線」など多岐にわたるそのフィルモグラフィを通じて盛り込んできた、アクション、コメディ、エロスにおける奇想天外なアイデアの数々は、個人的な感情を抜きにしても圧巻であった。

 中でも、今回取り上げる『直撃地獄拳 大逆転』では、隙間なくアイデアが炸裂する。

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 描かれるのは、十億円の宝石と共にマフィアに誘拐された海外要人の令嬢奪還を元警視総監(池部良)から依頼された、忍者の子孫・甲賀(千葉真一)、金庫破りの名人・桜(郷鍈治)、元刑事の殺し屋・隼(佐藤允)の三人と、マフィアとの対決。物語は、千葉によるド迫力の肉弾戦に加え、アドバルーンやセスナ機も駆使したキレの良いスピーディなアクションとともに展開される。

 が、観終えて印象に残るのは、そうした描写ではない。

 たとえば序盤の三人が乾杯する場面。甲賀は隙をうかがっては桜と隼のグラスにフケを入れる一方、隼は甲賀が席を離れた間に甲賀のグラスにハナクソを入れる。そして互いにそのことを知らずに笑いながら飲み干す。

 あるいは「前祝い」と称して一同が高級レストランで食事する場面。「こういう一流店ではな、マナーを守らなくっちゃな」と甲賀はナプキンを頭に乗せ、促されるように面々も乗せる。さらに甲賀は、見かねたボーイに「ナプキンをどうぞ」と言われても気づくことなく、「ナプキン、食うかい?」と面々に聞いて「じゃあ、四つ」と注文してしまう。

 ――といった具合に、展開そっちのけで次から次へと遊び心に満ちた芝居が繰り広げられていくため、物語はどうでもよくなっていくのだ。

 そして、極め付きはラストシーンだ。一同は罠にはめられて逮捕される。甲賀が「網走番外地」の主題歌を口ずさみながら収監先の網走刑務所に着くと、そこに待っていたのは「番外地」のレギュラー・鬼寅親分(嵐寛寿郎)――監督自身の代表作をセルフパロディしているのだ。しかも、桜はその前の場面で背中に火がついてズボンに大きな穴を空けているのだが(その火は甲賀の小便で消している)、ラストまでなぜかそのままで、ずっと尻が出っ放しだった。

 一つ一つだけなら他愛もなく思えるが、こうも詰め込まれると、観ている側の感覚が麻痺してきて、ひたすら呆けた笑いを続けるしかなくなる。それはもはや狂気である。

 石井輝男の異次元ともいえる天才性を味わえる一本だ。