小説誌「オール讀物」2月号で、「『将棋』を読む」と題した特集を組んでいます。

 オール讀物は、直木賞の発表媒体としても知られる老舗の小説雑誌(創刊90年!)ですが、実は「将棋」との縁が深く、作家と棋士の対談をたびたび掲載し、「読む将棋」の源流ともいえる企画を多く生み出してきました。現在も、日本将棋連盟会長である佐藤康光九段が「緻密流将棋日記」を毎月連載しています。そもそもオール讀物を創刊した菊池寛が文壇きっての将棋愛好家で、「人生は一番勝負なり、指し直すこと能わず」という名言を残しているほどなのです。

「オール讀物」2月号

 今回は、盛りだくさんの特集記事の中から、人気作家がイチオシ棋士への思いを綴った企画「わたしの偏愛棋士」より、綾辻行人さんのエッセイ「将棋と本格ミステリ――豊島将之竜王・叡王」を掲載します。

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将棋界には本格ミステリ読者が少なくないと聞く

 これを書いているのが2020年12月の半ばだから、11ヵ月前の話になる。――1月14日。東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで開かれた第32期竜王就位式で、来賓祝辞を述べるお役目を仰せつかった。新竜王の豊島将之さんと、ちょっとしたご縁があったからである。

 同じ関西在住ということで、讀賣新聞大阪本社の文化部から対談の企画を持ちかけられたのが、19年の春だったか。豊島さんがミステリ好きで拙作も愛読してくださっていると聞いてお引き受けしたものの、なかなか双方のスケジュールが折り合わず、実現していなかった。その対談を就位式の前に行なって……という流れでもあったのだ。

綾辻行人さん ©文藝春秋

 そのときが初対面となった豊島さんは当時29歳。僕とは親子ほどの年齢差になる。繊細でチャーミングな、まだ少年の雰囲気を残す青年、というのが第一印象。研究者肌の棋士、というふうにも感じた。将棋についてはひたすら真摯に、言葉を吟味しながら話しておられたが、話題がミステリ方面に向かうと、ぐっと無邪気な、楽しそうな表情が多く見られた。おかげで、緊張感はありつつも不思議に和やかな、良い対談になった気がする。

 ミステリ――ことに本格ミステリはしばしば、チェスや将棋など対戦型の頭脳ゲームに重ね合わせて語られる。エラリイ・クイーンの『盤面の敵』を引き合いに出すまでもなく、作中の名探偵と真犯人の関係は、盤上で頭脳戦を繰り広げるプレイヤー同士に喩えられ、さらにはおのずとそこに、作者対読者の頭脳ゲームという構図も見出されるようになるわけだ。かねて将棋界には本格ミステリ読者が少なくないと聞くが、将棋と本格ミステリ――両者に共通する醍醐味があることはまず確かだろう。