現れたのはいかつい顔の従業員
1997年、春──。
事件は池袋のファッションヘルスで起きた。
我々はプロのバットマンとしていつものルーティンを繰り返して打席に立つ。
まず風俗誌を数冊購入し、車内で対戦相手の容姿と値段を仔細に検討し、店を決めて、出欠を確認。その後、仲良く一緒に入店し、それぞれ予約済みの女の子が待つバッターボックスに立つ。
この日も個室でのサービスを存分に堪能。
そのまま待合室で合流し、一緒に店を出て、車の中で今日の戦果を振り返るはずだった。
いつもと同じく、事を終えたボクは一足先に待合室に戻ったのだが、数十分経っても江頭はいっこうに出てくる気配がない。
「あれ? 延長してんのかな?」
頭を巡らせるボクの元に、ようやく現れたのは、江頭ではなく、いかつい顔の店の従業員だった。
「こちらへ来てもらえますか?」
不安と緊張が一気に押し寄せる。
店員に促されるままにボクは待合室から事務所へ向かい、部屋を仕切る簡易カーテンを開けると、そこには……。
バスローブ姿の江頭が、バツの悪そうな顔で鎮座していた。
「はかしぇしゃぁあああん!!!」
今にも泣き出さんばかりの、すがるような表情でボクを見上げた。
同席するヘルス嬢は棒立ちのまま不機嫌そうにプイと横を向き、店の支配人が薄笑いを浮かべて壁を指さした。
「100万円って、ちゃんと書いてるでしょ!」
「ちょっと困るんですよねぇ。お客さん! これはルールですから。これちゃんと見て下さいよ!」
そこには【本番強要100万円】と書かれた赤文字の張り紙が。
同好の趣味を持つ殿方なら誰もが知る、万古不変、世紀を股に掛けた風俗界の金科玉条である。
「……やってましぇんよぉぉぉ……」
意気消沈し、生気を失った江頭の罪状認否は聞き取れないほどの小さな声だった。
「はぁぁぁああ? あんたぁさぁー、さっきまで『やらせてくれぇー』ってせまってきたじゃん!」
ヘルス嬢は高慢ちきに、被害者然として口を尖らせる。
「だから強要するだけで100万円って、ちゃんと書いてるでしょ!」
いきり立つ支配人。そのイラ立ちがビンビンと伝わってくる。