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殺人犯に絶対的に欠けているもの

 そんなとき、ふと……土谷被告──他の被告たちもそうですが、その両親のほうが、もっと辛い思いをしているのではないか、と思うことがありました。

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 自分を育ててくれた両親のことを思い出して、黙秘するのをやめてください。それが、私や、両親にできる最善のことだと思います。宗教家として、早く被害者を弔うようにしてください」

 そして、もう一度、土谷に向かって頭を下げた。土谷も口元を、はい、と動かしながら、大きく頷いてみせる。

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 弁護人は反対尋問の意思を示さなかった。

 裁判長は、これで尋問は終わりました、お引き取りいただいて結構です、と退廷を告げる。

 女性は、ゆっくり証言席から立ち上がると、帰りしなに再び土谷のほうを向いて言った。

「お願いします」

 そして、深々と頭を下げたのだった。

 客観的に場面を見れば、土谷に当てつけた最大級の皮肉なのだと受け取れなくもなかった。しかし、そこに嫌味なところは感じられなかった。

 人の親として、自分と他人を重ねる。自分と土谷を重ね、そしてその親に想いを重ねる。

 殺人犯に絶対的に欠けているもの。自分と他人を重ねた時に気付くもの。土谷にはそれがなかった。あったとしても、黙り続けた。

 彼女もまた極刑を望むとは口にしなかった。処罰感情にすら触れなかった。

 被告人に懇願に来た遺族。真相を知りたい被害感情。

 土谷もその態度に、座ったまま腰から大きく最敬礼して応えるばかりだった。