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「私は、ここへ来たくて来ているのではありません」
この被害者は、そのまま意識が戻ることなく、4月16日に亡くなった。そのちょうど1週間後に、先程の遺族は長女を出産していることになる。
娘を失った母親は、
「死んだことが信じられず、帰ってくるのではと、部屋はそのままにしています」
と言った。ただ、いまはもう娘の死を自覚しているという。
その母親に、被告人に言いたいことはありますか、と検察官が差し向けた時のことだった。母親は「はい」と返事をしてから、横の被告人席に座る土谷に顔を向けて、涙を拭いながら、弱々しく、それでもしっかりとした口調で言った。
「土谷被告に聞いていただきたいことがあります。聞いてください。お願いします」
そうして、軽く一礼したのだ。
遺族が、加害者に頭を下げてお願いする──はじめて見る光景だった。
それには土谷も思わず、うん、と大きく頷いてみせた。
そして、母親は続ける。
「私は、ここへ来たくて来ているのではありません。なぜか、黙秘しているということなので、思い出したくないことを思い出して話をしています。この辛い気持ちをわかってください」
それから、何かを思い出したように言う。
「今日は4月18日で、16日が娘の三回忌でした。月命日には、墓参りに行っていますが、それでも気持ちは晴れません。毎晩、睡眠薬を飲んで寝ています。土谷被告は、夜はよく眠れていますか? どうして黙秘をしているのか、私に教えてください。こんな不幸なめには二度となりたくない、辛い生活を送っています。