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「オウムのサリンを作った男」公判で見えた殺人犯に絶対的に“欠けているモノ”の正体

『私が見た21の死刑判決』より#25

2021/02/20

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

note

「私は、ここへ来たくて来ているのではありません」

 この被害者は、そのまま意識が戻ることなく、4月16日に亡くなった。そのちょうど1週間後に、先程の遺族は長女を出産していることになる。

 娘を失った母親は、

「死んだことが信じられず、帰ってくるのではと、部屋はそのままにしています」

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 と言った。ただ、いまはもう娘の死を自覚しているという。

 その母親に、被告人に言いたいことはありますか、と検察官が差し向けた時のことだった。母親は「はい」と返事をしてから、横の被告人席に座る土谷に顔を向けて、涙を拭いながら、弱々しく、それでもしっかりとした口調で言った。

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「土谷被告に聞いていただきたいことがあります。聞いてください。お願いします」

 そうして、軽く一礼したのだ。

 遺族が、加害者に頭を下げてお願いする──はじめて見る光景だった。

 それには土谷も思わず、うん、と大きく頷いてみせた。

 そして、母親は続ける。

「私は、ここへ来たくて来ているのではありません。なぜか、黙秘しているということなので、思い出したくないことを思い出して話をしています。この辛い気持ちをわかってください」

 それから、何かを思い出したように言う。

「今日は4月18日で、16日が娘の三回忌でした。月命日には、墓参りに行っていますが、それでも気持ちは晴れません。毎晩、睡眠薬を飲んで寝ています。土谷被告は、夜はよく眠れていますか?   どうして黙秘をしているのか、私に教えてください。こんな不幸なめには二度となりたくない、辛い生活を送っています。