今年は夢枕獏さんの人気作、『陰陽師』の連載が『オール讀物』で始まってから、35年を迎える。夢枕さんは「物語を持たない社会は滅びる」という、脳科学者の中野信子さんの発言に興味を持ち、対談のお相手に中野さんをリクエストした。一方、中学生の頃から夢枕さんのファンだったという中野さん。“物語と脳”にまつわる刺激的な対談を『オール讀物』より紹介する。(全2回の1回目。後編へ続く)
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どうして人類は物語を作り、共有することができたのか
夢枕 お久しぶりです。NHKの番組で共演して以来ですね。
中野 こちらこそ今日はお目にかかれて嬉しいです。私は中学生の頃から先生の作品を拝読していて、孤独な中学時代を彩ってくれたのが、『陰陽師』シリーズでした(笑)。先日も文庫を改めて買い直しまして。
夢枕 (笑顔で)嬉しいなあ。なんでも、2021年は『オール讀物』に「陰陽師」の第一話が掲載されてから35年になるらしいんです。
中野 35年ですか!? それはおめでとうございます。
夢枕 いえいえ。今日は僕のほうが中野さんに会いたいと編集部にリクエストして、この対談が実現しました。まず興味を惹かれたのは、以前共演した番組の中で、中野さんは「物語を持たない社会は滅びる」というようなことをおっしゃっていて。
中野 言いましたね。
夢枕 ちょうど僕も似たようなことを考えていたので、ぜひ物語にからめて、脳の話をうかがいたいなと思っていたんですよ。(単語カードを取り出して)聞きたいことがたくさんあるから、今日はカードに質問を書いてきたんです(笑)。
中野 ありがとうございます。そのカード、今度私も真似したい(笑)。
夢枕 まずは物語と脳の関係を教えてください。これは僕が読んだ本の受け売りなんだけど、我々現生人類とネアンデルタール人とでは物語を作る能力が違っていたらしいんですね。ネアンデルタール人は大きな物語を作ることができなかった。ネアンデルタール人より後に出てきたクロマニヨン人は、彼らよりは大きな物語を作ることができたそうなんだけど、ネアンデルタール人はせいぜい数家族など狭い範囲で共有できる物語しか作ることができなかった。そのために、社会的な色んな事柄に対応できなくなって滅んだと。
中野 面白いですね。
夢枕 対して、現生人類は、千単位、万単位の共有できる物語、たとえば宗教を作ることができたからこそ繁栄したと、読んだ本には書いてあったんですね。ここからは僕の考えなんですけど、現代における最高の物語ってお金だと思うんですよ。こんな紙切れで車と交換できるし、いまや少数部族ですらお金を欲しがっている。なので、ほぼ全人類が共通して持てる物語がお金なんじゃないかと。どうして我々は物語を作り、共有することができたんでしょうか?