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人間だけが持つ「未来を思う」能力と「象徴的価値を認知する」能力

中野 まず、現生人類とネアンデルタール人の脳の違いについて説明させてください。脳の容積だけなら、実はネアンデルタール人のほうが大きいんです。

夢枕 えっ、そうなんですか。

中野 ただ、前頭葉という部分は現生人類のほうが大きい。この部分にどういう働きが集まっているかというと、まずは長い時間を考える時間感覚です。たとえばチンパンジーだと「こうすれば、このバナナが取れる」くらいの先読みはできるんですけれども。

夢枕 よく実験でやりますよね。

中野 はい。でも「3年後にこの試験があるから、今から準備しておこう」なんてことはできない。チンパンジーには3年後が理解できないわけです。長い時間を認知できるというのは、人間だけの機能で、その時間を我々はなんのために使うかというと、「先を読んで、いま準備しておく」ことのために使います。あるいは「今が苦しい状態でも、後に好転するかもしれない」と忍耐できることにも使えます。

夢枕 なるほど。

中野 それから自分と異なる個体がいま何を思っているか、という共感の機能が前頭葉には備わっています。いわゆる社会脳と呼ばれる部分が前頭葉に集中してるんですね。そこでお金の話に繋がるんですが、象徴的価値の認知機能も前頭葉の役割です。以前夢枕さんに、食べられない貝の化石が出てきた話をしたことがあったと思うんですが……。

夢枕 ネアンデルタール人とホモサピエンスが隣り合って暮らしている集落があって、ホモサピエンスが住んでいたところからは、食べられない貝の化石が出土してきたという話ですね。

 

中野 ええ。集落から海岸までは50キロ以上離れていて、とても1日では帰ってこられない距離なんです。それなのに、なぜ食べられない貝をわざわざ集めていたのか。おそらくそれは象徴的価値だろう、と。

夢枕 つまり、装身具や、もしかしたらお金の代わりに貝を使っていたのかもしれない?

中野 共通の価値基準として、美しい、もしくは金銭に類似した価値を見出していたのだろうと考えられます。

夢枕 食べられない貝を何に使っていたかは分からないけど、少なくとも生きるために必要な食べるということ以外の価値を、その集落のホモサピエンスたちは持っていたという話ですね。

中野 おっしゃる通りです。ちなみに、分からないことを楽しめるのもホモサピエンス独特の性質なんです。近い集落ですから、気候的にはホモサピエンスもネアンデルタール人も同じ条件下だったにもかかわらず、一方のホモサピエンスだけが生き延びた。何らかの価値を共有できるかどうかで、生き延びられる確率が変わってしまった1つの例として非常に興味深いですよね。

夢枕 まさしく物語を作り、それを楽しめる能力がホモサピエンスには備わっていたわけですね。