昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

夢枕 でも物語を作るというのは、小説家に限らず、みんなやっていると思うんです。たとえば待ち合わせで相手が遅れると、「何があったんだろう?」とドラマを作りますよね。事故があったのか、それとも寝坊したんだろうか、とか。人間の脳は物語を作るように出来ているんじゃないでしょうか。

中野 そういうことをするのは人間だけでしょうね。他にも特徴的なのは、我々は群れから離れていった個体に対して、「あ、いなくなった」「また帰ってくるだろう」と思いますが、人間以外の種では、群れから離れていなくなったら死んだのと一緒なんです。

 

夢枕 そうなんですか? 記憶する能力が弱いんでしょうか?

中野 種によりますが、人間のように何年も何十年も他者への記憶を持ち続けていることはないだろう、というのが今の科学における理解です。

夢枕 鳥なんかは記憶力がいいと聞いたことがありますけど。

中野 たしかに、場所を覚えるのは得意ですよね。実は方向を認知する記憶と、体験などの記憶って違う格納のされ方なんですよ。人間の場合、よくお酒を飲んで記憶をなくしているのに家に帰れるなんて話がありますよね。海馬はお酒で麻痺しちゃうんですが、ナビゲーション・ニューロンといって、道を覚えておく記憶は別のところに格納されていて、ここが生きているから帰宅できるんです。ただ、ときどきバグることがあって、間違えて前の奥さんの家に行っちゃうとか(笑)。

夢枕 ハッハッハ。向こうも驚くだろうね(笑)。

中野 鳥の場合、このナビゲーション・ニューロンに相当する機能が非常に発達しているようなんですね。それは人間の持つ他者への記憶とは別になります。

ビジュアルでの記憶と言語での記憶との違い

夢枕 ほうほう。記憶の話だと、人間でもごくまれに、見た光景を写真のように記憶できる人がいるって聞きますよね。ある将棋棋士は、電線に100羽くらいスズメが止まっていて、石を投げてスズメが逃げ出した瞬間を写真のように記憶できたから、「全部で105羽いた」とか言えたって。

中野 フォトメモリーですね。台湾のIT大臣・オードリー・タンもできるそうですし、私も昔できました。

夢枕 えっ、中野さんもできたんですか!? それは訓練して?

中野 元々できたんです。20代の初め頃にその能力を失ってしまったんですが、それまでは「忘れる」という感覚がよくわかりませんでした。

夢枕 それはすごい……。

中野 便利ではあるんですが、情報量が多いので、処理が難しいんです。どこが重要な情報かよくわかりませんし。ただ、ベターッと覚えているだけなので、あんまり役立っていると感じたこともなかったです。

夢枕 将棋のコンピューターみたいですね。人間だと、この手は絶対にないって瞬間的に判断するけど、コンピューターは一手一手の可能性を全て検証してから最善手を判断するから、最終判断までに少し時間がかかるという。

中野 ああ、似てますね。コンピューターのように処理速度を上げられるものならいいのですが、人間はリソースが限られているので大変なんです。フォトメモリー能力を失ったあとのほうが、私は楽になりました。

夢枕 僕の場合、記憶は言葉がかかわっているエピソードだと覚えやすくなります。

中野 どちらかといえば記憶を言語的に捉えてらっしゃるんでしょうね。ビジュアル重視で情報を処理する人と言語重視で処理する人がいた場合、後者のほうが物語を作りやすいので、小説の創作に向いていると思います。

(初出:オール讀物2021年1月号、撮影:文藝春秋/山元茂樹)

【後編】「共闘してくれていた担当者が出世して編集長になると…」なぜ人間の脳は“立場”が変わるとブレるのか? を読む

オール讀物2021年1月号

 

文藝春秋

2020年12月22日 発売

この記事の写真(5枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

オール讀物をフォロー