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都は国政の政局の材料ではない

小池 環境問題に熱心な方は、私のことを環境大臣(2003〜06年)として覚えてくれていますね。「クールビズ」とか「もったいない運動」、それから特定外来生物被害防止法の指定リストの対象に、当初は影響が大きいと漏れていたブラックバスを入れたり……といった仕事が当時評価されました。バス釣りを支持している団体からはだいぶ批判されましたが。小泉(純一郎)さんが私にたまたま3年間環境大臣を続けさせてくださったので、結果的に役所とのラポールができて、仕事の成果を出すことができたのだと思います。大臣は、役所にとって任期の1年目はお客さん。「この人はすぐいなくなるかも」と腰が入りません。それが2年目になると「あ、この人まだ居るんだ」と意識が変わって職員もガッと乗り出してくる。3年目ともなると環境省のなかで大分信頼もしてもらえたと思います。いま都知事として、残りの任期があと3年あります。これから逆算しながら、やっていくつもりです。

いけがみあきら/1950年、長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。報道記者やキャスターを歴任し、94年から11年間「週刊こどもニュース」でお父さん役をつとめ、わかりやすい解説が話題に。現在はフリージャーナリストとして幅広く活躍中。©三宅史郎/文藝春秋

池上 おっと、いままた「ラポール」なんて言葉が出ました。心理学や社会学の「十分な信頼関係」という意味の外来語ですね。

小池 おフランス語ですよ(笑)。

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池上 この前の「アウフヘーベン(止揚)」、それから「ワイズスペンディング(賢い支出)」なんてのもありましたね。一定レベル以上の教養がある人はわかりますが、ちょっと知性がにじみ出すぎるんじゃないですか。

小池 いやいや。知ってる限りのことを言っているだけです。歯磨きのチューブの最後の絞り出しみたいなものですよ。

池上 それにしても、環境大臣だったことは皆さん覚えているのですが、「シン・ゴジラ」に出て来る女性防衛大臣のモデルは小池さんだよ、と言うと結構「えーっ」と驚かれるんですよ。映画のエンドロールのクレジットに取材協力者として出てきますね。

小池 防衛大臣(第一次安倍内閣 2007年7〜8月)は貴重な経験でしたね。その時のことは『女子の本懐――市ヶ谷の55日』(文春新書)で書きましたが、その前に10か月ほど国家安全保障総理補佐官というのを務めていて世界をめぐりました。ありがたいことに、その頃の人脈はいまだに生きています。

池上 だから環境問題をやり、国家安全保障の問題をやり、という実績の積み重ねを見ていると、都知事のさらにその先があるのでは、と誰もが考えるのですが。

小池 それってニュースメディアの「政治部」の世界の発想ですよね。私は「さぁ、これで都知事として本格的にやります」と言っているのに、政治部の人たちは都を国政の政局の材料としか見ていない。政治部というより、政局部だと思うことがしばしばあります。

池上 不思議ですが、都庁や都議会は「社会部」の管轄になるんですよね。私も社会部の記者でしたけれど。

小池 池上さんが社会部で一番これをやったという報道は何でしたか。

池上 文部省(現・文科省)を担当していました。中曽根康弘首相のころ、森喜朗文部大臣(1983〜84年)でしたね。

小池 おっと(笑)。

池上 はい。ちょうど共通一次試験をやめて、国立大学の受験の機会を複数化するとか、センター試験を導入するとかいう一連の話を、ずいぶん特ダネで書きました。

小池 すごいじゃないですか。最近、将棋の藤井聡太くん(15歳)は日本の星だと思って応援していますが、これからどうやって将来を担う子どもたちを育てていくのかが、実は都の課題としても一番重要だと思っているんですよね。いま日本の教育は崖っぷちにあるのではないかと。

池上 日本の教育はクルクル変わり過ぎですよ。昔は都立高校が東大合格者数の上位を占めていました。1967年、東龍太郎都知事の時代にこれではいけない、格差を是正せねばと「学校群制度」を導入して地域によって受験できる都立高校を制限したことで、どーんとレベルが下がってしまった。そうしたらやっぱり問題だとなって、今度は一部の学校は中高一貫にするという。私の母校の都立大泉高校にも、都立なのに附属中学ができました。